IE9ピン留め

12月27日

水見稜『マインド・イーター[完全版]』(創元SF文庫)を読む。ME(マインド・イーター)というコンセプトを核にした連作短編。1984年にハヤカワから刊行された同書に、未収録の短編2編を増補して、今回「完全版」として復刻された。

小松左京『ゴルディアスの結び目』に深くインスパイアされた、という著者の言を読んで、読んでいるあいだ感じていたある「懐かしさ」の正体が知れたように思った。『ゴルディアスの結び目』が刊行されたのが1977年。小学5年生のおれは、当時、かなり背伸びをしながら読み進み、8割がた理解できないまま、しかし大きな興奮を覚えて読み了えたのだった。その興奮の鮮やかさが、読中、何度も蘇った。
SF自体が、そういえば久しぶりのような気がする。人文学の知見と科学の言説を、メタファーのなかで接続する、わくわくするような知的高揚感(いわゆる「センス・オブ・ワンダー」)を久しぶりに味わった。

「解題」に、最初の短編「野生の夢」掲載時に添えられた「作者あいさつ」が引用されている。書き写しておく。
≪人間の生物としての進化、進歩が直接的ではないとしても、いま我々がいる平原(プラトー)が頂上であるかもしれないなどとは誰も想像しないだろう。私はそんな話が書きたかった。
進歩というものには必ず停滞期、平原(プラトー)があり、その間も営為を重ねていてはじめてある日突然再び進歩が始まるのである。逆に言えば、人は平原(プラトー)があるからこそ、その後の進歩を信じているような気もする。
しかし、もう二度と登り坂はやって来ないかもしれないのだ。
そして、平原の向こう側からまったく別の物が登ってくるかもしれない。私はメタファーの試行錯誤をしながら、この状態を描写してみようと思う。
このマインド・イーターの話は、一連の連作のような形になると思うが、この形式を選択するとき心の中心にあったのは、小松左京氏の『ゴルディアスの結び目』である。
メタファーによるメタファーのイミ解明の試みは、私を驚愕させた。SFには、まだこんなことができるのかと思った。『ゴルディアスの結び目』は、(小松作品は他のどの作品も私のひとつの核だけれど)常に意識の中心にある。
私は今回、もっと不整合な連作を書こうとしている。私自身わけがわからなくなりそうないやな予感もするが、楽しい仕事になりそうな気もする。
気長に待っていただきたい。≫


直接の関係はないが、キャンベルの神話論、白川静の古代中国論が読みたくなった。
Tags:# 

# by daiouika1967 | 2011-12-28 12:30 | 日記 | Trackback | Comments(2) 

12月26日

夜、DVDで『やくざ戦争 日本の首領』。中島貞夫監督。佐分利信、鶴田浩二主演。その他東映の実録やくざ映画に常連のオールスターキャストで、1977年の作品である。

1977年といえば、もう東映実録ヤクザ映画も、そろそろ爛熟を通り越して、下火になりつつある時期にあたる。ジャンルの盛衰にはさまざまな要素があるのだろうが、東映ヤクザ映画の場合、端的にネタ切れということも大きいように思う。やくざの勢力拡大の抗争がドラマチックだったのも、戦後混乱期から高度成長期まで、ということだろう。

この作品では、“日本版ゴッドファーザー”を意識して作られているということで、ゴッドファーザーといえば、その主題は“父性”ということになる。
しかし、佐分利信には、マーロン・ブランドのような強圧的な“父性”は感じられず、これは現代の日本社会において“父性”が、機能していないのだからあたりまえである。
むしろ例えば『仁義なき戦い』シリーズは、父性の機能不全を、金子信雄という道化的なキャラで描き出していたのではなかったか。

しかしやはりなんのかの言っても、おれは東映の実録ヤクザ映画には心躍る。おれが映画に求めるのは、やはり“闘争”(直接的な暴力から、権力争いまで)なのである。

# by daiouika1967 | 2011-12-27 13:59 | 日記 | Trackback | Comments(0) 

12月26日

午後。サティを聴きながら、小林勇『蝸牛庵訪問記』(講談社文芸文庫)を読み継ぎ、読了する。

幸田家、露伴と文の親子関係について書かれた一節。
≪文子さんは兼々自分は父から愛されていないといっていたし、そう信じていた。また古いことを知っている漆山又四郎氏も、文子さんは亡くなった歌子さんのように可愛がられなかったと私に話したことがあった。しかし、私はそうは考えなかった。私の知っている限り、先生は小言はいうが、その境遇を案じ、いつも心にかけていた。たとえば文子さんが帰ってきたころ「自分が育てたころのあれのよさがこの十年間にすっかり荒らされてしまった」といい、それを取りかえさなければならないと文子さんに遊芸の道にふたたび遊ぶことをすすめた。そして或る時は、「文子は大変よくなって来たよ」といった。
私は先生の文子さんに対する態度や、愛し方は独特なものであり、非常に厳しいが、それだけ純粋で高いものだと信じていた。時に文子さんがその問題にふれたときには、言葉少なに自分の考えをいうより他仕方がなかった。親子互いに愛していながら、少しも甘い空気が出て来ない、それが幸田家伝統のものだろうと私は考えていた。≫

# by daiouika1967 | 2011-12-26 16:58 | 日記 | Trackback | Comments(2) 

12月26日

朝起きたら雪が積もっていた。

# by daiouika1967 | 2011-12-26 14:50 | 日記 | Trackback | Comments(0) 

12月25日

終日家で炬燵でとろとろ。妻も炬燵のなかでアメーバピグ。PONTA、KURO、SAKURAも、炬燵の周辺で丸くなっている。
昼飯はS夫妻と連れ立ってそばを食いに行く。底冷えする寒さに、せいろではなく鴨南蛮を注文する。一味をたっぷり振って食す。顔が赤らむほど、ぽっぽとする。
夜飯は妻がネットで取り寄せたズワイ蟹。脚ばかりで1.5kgある。鍋にしてふたりでひたすら蟹を食らう。夜になって雪がちらつきはじめた。

# by daiouika1967 | 2011-12-26 14:47 | 日記 | Trackback | Comments(0) 

< 前のページ 次のページ >