4.13 雨、午後になって晴

7時半に起床。
朝食に、妻には昨日と同じものを拵え、マフィンが一個しか残っていなかったので、おれはハムステーキと目玉焼き、それにコンビニで妻が買ってきたメープルパンを食べる。

朝は雨。傘をさして、家を出る。ミスドへ向かう。
オールドファッションとコーヒー。田原総一郎×佐藤優×宮崎学『日本人のための新「幸福論」』(三笠書房)を読む。1時間40分で読了。コーヒーを2杯お代わりした。
本を読み了え、店を出る頃には、雨もやんでいた。
ブックオフまで歩き、ゆっくり、本とマンガの棚を流す。池谷裕二『深化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』、鈴木克美『魚は夢を見ているか』、手塚治虫『空気の底』、久世光彦『蝶とヒットラー』を買う。1500円。

昼飯はコンビニのおにぎり2個、フランクフルト1本、三ツ矢サイダー。

夕方。高島屋のデパ地下のおこわ屋で、弁当を二個買って帰る。
帰り道は、東から西に向かって歩くのだが、西陽がまぶしくて、景色が光に溶け、ゆらゆらとゆらめいている。雨上がりの涼しい風が心地よい。オーネット・コールマン『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』を聴きながら、とろけるような気分になる。

疲れている。弁当を食べて夕食を済まし、DVDで北野武監督『OUTRAGE』を見る。7、8回目くらいか。この映画には、池元組組長役の國村隼が物を食べるシーンがいくつか出てくる。それが美味しそうで、その場面を見返したいと思って見始めたのだが、けっきょく全編見てしまった。
[PR]

# by daiouika1967 | 2012-04-15 10:26 | 日記  

4.12 晴のち曇、夜になって雨

6時に目覚める。
数日前からベッドで寝ている。今年の冬はずっと炬燵で寝ていた。掛け布団がなかったからだ。ここ数日、急に暖かくなったので、毛布だけで眠れるようになった。掛け布団など安いものなのだから、必要なら買えばよいのだが、炬燵で眠れるから、つい買いそびれた。しかし炬燵ではやはり眠りが浅くなるようだ。ここ数日ベッドで眠って、その快適さに驚いている。
寝室には猫タワーが置いてある。おれがベッドで眠ると、pontaとkuroも寝室に来て、猫タワーで眠る。二匹はおれの周りで眠るのが習慣になっている。Sakuraだけはおれの傍には来ない。妻の傍で眠る。雄同士、雌同士が寄り添って眠っている。おれが目覚めると、猫タワーで眠っていた二匹も目を覚ます。pontaが、お。起きたか、と、ベッドに飛び降り、鼻面を近づけてくる。喉元を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。kuroもベッドに乗ってくるのだが、kuroの方は撫でられるのがあまり好きではない。特に腹が減っているときは、撫でてないで、えさー。えさー。えさー。と単調な鳴き声をあげる。
おれが半身を起こすと、餌が貰えると分かるのだろう、二匹とも餌の皿が置いてあるキッチンに、おれを先導するように走っていく。
二匹に餌を与え、猫のトイレを掃除してから、シャワーを浴びる。

朝食。Pascoのイングリッシュマフィンを半分に割って、トースターで焼く。大丸のハムステーキをフライパンで焼き、きゅうりをスライスする。
焼けたマフィンにバターを塗り、その上にハム、きゅうりをのせ、マヨネーズをかけて、サンドにする。
インスタントのコーンスープ。ジンジャーエール。サントリーの黒酢サプリ。

7時36分の市バスに乗る。駅西のいつもの喫茶店に7時50分に着く。9時30分までの1時間40分が朝の読書時間。
毎日400円のコーヒーを注文する。毎日通っているので、馴染みになって、何もやりとりしなくても、フレッシュもモーニングも付かない。
今日読んだ本は四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮文庫)。昨日読み始めて、今日は残り半分を読んだ。
夜、この日記を書きつつ、書名をググってみたら、この本の登場人物のひとりによるブログに行き当たった。
―「四方田犬彦著のドキュメンタリー(の筈)自伝「ハイスクール1968」に無断実名で書かれた当事者が真の事実を明かし、筆者及び出版社「新潮」を批判糾弾する」とある。
ブログを読むと、ここに書かれた鈴木晶、金子勝、矢作俊彦も、四方田犬彦の「嘘」に異議申し立てをしているとのことだ。鈴木晶によれば、四方田の「大法螺吹き」は「業界でも有名」とのことである。
しかし、当事者ではないおれには、ここで争われている「事実関係」などに興味はない。四方田犬彦が、自分を良く見せ、周りの人間を貶めるように書いていたとしても、じっさいにそうだとすれば当事者にとってはたまったものじゃないだろうが、一読者であるおれにはどうでもいいことだ。
この本を読むことで、1968年という特異な時代の「空気」を感じ取ることができればそれでいいのだ。
四方田犬彦が「大法螺吹き」の「マザコン」の「ナルシスト」だとしても、ひとりの高校生としてその時代を生きたことはたしかであり、この本からはひとりの高校生がその時代をどう生き、何を感じたのかということが、十分な臨場感をもって伝わってくる。

仕事を終え、夜。スーパーに寄って、鶏肉、ブロッコリー、カニカマ、ウズラの茹で卵、和風胡麻ドレッシングを買って帰る。1000円。
夕食は蕎麦とサラダ。フライパンで鶏肉とネギを焼く。冷凍の蕎麦を茹で、かけそばを拵える。焼いた鶏肉とネギ、刻んだ冥加をのせる。
ブロッコリーを茹で、きゅうりを切って、ウズラの茹で卵、カニカマをドレッシングで和えてサラダにする。

夕食後、朝読み了えた四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮文庫)をノートに取る。12時半、就寝する。
[PR]

# by daiouika1967 | 2012-04-15 00:11 | 日記  

12月27日

水見稜『マインド・イーター[完全版]』(創元SF文庫)を読む。ME(マインド・イーター)というコンセプトを核にした連作短編。1984年にハヤカワから刊行された同書に、未収録の短編2編を増補して、今回「完全版」として復刻された。

小松左京『ゴルディアスの結び目』に深くインスパイアされた、という著者の言を読んで、読んでいるあいだ感じていたある「懐かしさ」の正体が知れたように思った。『ゴルディアスの結び目』が刊行されたのが1977年。小学5年生のおれは、当時、かなり背伸びをしながら読み進み、8割がた理解できないまま、しかし大きな興奮を覚えて読み了えたのだった。その興奮の鮮やかさが、読中、何度も蘇った。
SF自体が、そういえば久しぶりのような気がする。人文学の知見と科学の言説を、メタファーのなかで接続する、わくわくするような知的高揚感(いわゆる「センス・オブ・ワンダー」)を久しぶりに味わった。

「解題」に、最初の短編「野生の夢」掲載時に添えられた「作者あいさつ」が引用されている。書き写しておく。
≪人間の生物としての進化、進歩が直接的ではないとしても、いま我々がいる平原(プラトー)が頂上であるかもしれないなどとは誰も想像しないだろう。私はそんな話が書きたかった。
進歩というものには必ず停滞期、平原(プラトー)があり、その間も営為を重ねていてはじめてある日突然再び進歩が始まるのである。逆に言えば、人は平原(プラトー)があるからこそ、その後の進歩を信じているような気もする。
しかし、もう二度と登り坂はやって来ないかもしれないのだ。
そして、平原の向こう側からまったく別の物が登ってくるかもしれない。私はメタファーの試行錯誤をしながら、この状態を描写してみようと思う。
このマインド・イーターの話は、一連の連作のような形になると思うが、この形式を選択するとき心の中心にあったのは、小松左京氏の『ゴルディアスの結び目』である。
メタファーによるメタファーのイミ解明の試みは、私を驚愕させた。SFには、まだこんなことができるのかと思った。『ゴルディアスの結び目』は、(小松作品は他のどの作品も私のひとつの核だけれど)常に意識の中心にある。
私は今回、もっと不整合な連作を書こうとしている。私自身わけがわからなくなりそうないやな予感もするが、楽しい仕事になりそうな気もする。
気長に待っていただきたい。≫


直接の関係はないが、キャンベルの神話論、白川静の古代中国論が読みたくなった。
[PR]

# by daiouika1967 | 2011-12-28 12:30 | 日記  

12月26日

夜、DVDで『やくざ戦争 日本の首領』。中島貞夫監督。佐分利信、鶴田浩二主演。その他東映の実録やくざ映画に常連のオールスターキャストで、1977年の作品である。

1977年といえば、もう東映実録ヤクザ映画も、そろそろ爛熟を通り越して、下火になりつつある時期にあたる。ジャンルの盛衰にはさまざまな要素があるのだろうが、東映ヤクザ映画の場合、端的にネタ切れということも大きいように思う。やくざの勢力拡大の抗争がドラマチックだったのも、戦後混乱期から高度成長期まで、ということだろう。

この作品では、“日本版ゴッドファーザー”を意識して作られているということで、ゴッドファーザーといえば、その主題は“父性”ということになる。
しかし、佐分利信には、マーロン・ブランドのような強圧的な“父性”は感じられず、これは現代の日本社会において“父性”が、機能していないのだからあたりまえである。
むしろ例えば『仁義なき戦い』シリーズは、父性の機能不全を、金子信雄という道化的なキャラで描き出していたのではなかったか。

しかしやはりなんのかの言っても、おれは東映の実録ヤクザ映画には心躍る。おれが映画に求めるのは、やはり“闘争”(直接的な暴力から、権力争いまで)なのである。
[PR]

# by daiouika1967 | 2011-12-27 13:59 | 日記  

12月26日

午後。サティを聴きながら、小林勇『蝸牛庵訪問記』(講談社文芸文庫)を読み継ぎ、読了する。

幸田家、露伴と文の親子関係について書かれた一節。
≪文子さんは兼々自分は父から愛されていないといっていたし、そう信じていた。また古いことを知っている漆山又四郎氏も、文子さんは亡くなった歌子さんのように可愛がられなかったと私に話したことがあった。しかし、私はそうは考えなかった。私の知っている限り、先生は小言はいうが、その境遇を案じ、いつも心にかけていた。たとえば文子さんが帰ってきたころ「自分が育てたころのあれのよさがこの十年間にすっかり荒らされてしまった」といい、それを取りかえさなければならないと文子さんに遊芸の道にふたたび遊ぶことをすすめた。そして或る時は、「文子は大変よくなって来たよ」といった。
私は先生の文子さんに対する態度や、愛し方は独特なものであり、非常に厳しいが、それだけ純粋で高いものだと信じていた。時に文子さんがその問題にふれたときには、言葉少なに自分の考えをいうより他仕方がなかった。親子互いに愛していながら、少しも甘い空気が出て来ない、それが幸田家伝統のものだろうと私は考えていた。≫

[PR]

# by daiouika1967 | 2011-12-26 16:58 | 日記