2月12日 晴

8時過ぎ、起床。成重寿・妻鳥千鶴子『ゼロからスタート英単語BASIC1400』(Jリサーチ出版)を1時間。朝昼兼用の食事に、昨日の残りの味噌汁と卵かけご飯、納豆、焼き海苔。午前中、クール宅急便が届いたのを受け取る。
妻は病院に行っていなかったので、家でそのまま小林敏彦『ニュース英語パワーボキャビル4000語』(語研)をやる。途中で妻が帰ってきた。クール宅急便は妻からのバレンタインプレゼントだった。焼酎を練りこんだ生チョコ。美味い。
午後、家を出て、英語の続きをやる。寝不足気味のせいか、どうもうまく集中できない。
前田英樹『独学の精神』(ちくま新書)の続き、205ページ読了。次いで、保坂正康・半藤一利『「昭和」を点検する』(講談社現代新書)を読む。237ページ読了。エスカの本屋で、『中央公論』2009年3月号を買って帰る。
夕飯は、豚テキと、キャベツサラダ。大根の味噌汁。玄米。ニンニクが効いていてじつに美味い。
夜は、パソコンの前で、仕事、それからテレビを眺め、12時過ぎ、就寝。

前田英樹『独学の精神』(ちくま新書)
-「生まれてから死ぬまで、身ひとつで生きる自分が学ぶ。この身を通さないことは、何ひとつ、それこそ箸の持ち方ひとつからして覚えられない。体を使わない勉強だって、それとまったく同じである。この身がたったひとつであるように、私の心も、気持ちもただひとつのものだ。
独創性が大事だなどともっともらしく言うが、そういう言い方がもう、我が身をないがしろにした思い込みの上に立っている。人は、独創的である以外に、一体どういう生きようがあるというのか。独創は、誰もがいやでも強いられたことなのである。」(P8)
-「時代や集団のなかで通念化した考え方というものは、手に負えず頑固で、単調で、愚かである。それは水から浮き上がった水車で、物と噛み合って働かず、役に立たない。人が何かをほんとうに学ぶこと、会得することは、通念化した知識を増やしていくこととはまるで反対の方向にある。それは、増やすことだというよりは、むしろ減らすことである。余計な観念の衣服を一気に脱ぐことである。どうやって脱いだらいいかは、誰も教えてくれない。教えようがない。心も体もみな一人ずつ性質の違うものだから、はい、こうして脱ぎましょう、というような助言はやってみても仕方がない。」(P94)
-「衣、食、住の自給は、人が独立して暮らしていくための根本条件である。独立とは、どういうことか。他と争わず、他に依存せず、生活していける、ということだろう。それなら、独立は平和の根本条件だと言っていいことになるではないか。人間の共同体は、こうした独立のためには、なくてはならないものだ。衣、食、住の自給を目的としない共同体は、他と争い、他から奪うために組織されるしかなくなる。
木を伐って家を建てる技術が、こんなにも深くにまで行ったのは、その技術の目的がそもそも深いからである。木を育てて伐採し、家を建てて何代も住み、最後には焼却する。焼却した土地の土からまた木を育てる。この悠久の循環は自然のなかの何ものも破壊しない。いや、自然の循環そのものになっている。米を作り、機を織る昔の技術も同じである。生活の独立を保障するものは、ほんとうはこうした自然の循環であって、貿易協定や軍事同盟ではない。その場限りのそんな約束事は、むしろ私たちが独立していないことの証明のようなものだろう。
こうした自然の循環のなかで、人の技術はほとんど限りなく深くなることができる。深くなる、とはどういう意味だろう。物の表面を滑っていく私たちの日常生活が、物の隠された性質のなかに入り込み、それを引き出し、活かすことに成功していくことを言う。だから、これは私たちの生命そのものが深くなっていくことと同じである。」(P112)
-「勘が捉える物の変化は、たとえばコンピュータで動く旋盤に入力されるデータの数値とは、まったく別の性質を持っている。デジタルな解析、表示は、連続するものを非連続なたくさんの点に翻訳して成り立っている。物は動くが、点は動かない。ただ点の数を増やしていくだけである。それで便利な場合も、もちろんある。けれども、動くものを動くままに捉えて応じる勘の手技がなければ、作り出せないものが必ずある。そういうものは、たいてい私たちの暮らしにとって大事なもの、親身なもの、ほとんど道徳的と言っていいようなものとなって働いている。分析、計測、機械化だけによって成り立つ工業製品には、その働きがない。西洋近代の薄っぺらな贅沢に麻痺した神経は、そういう働きがあることに決して気付かない。」(P117)
-「たとえば、草一本を見てみるといい。それが青い色をして、伸びていくのは、草自身の絶え間ない努力の結果だと言える。葉緑素が太陽光線を取り込んで光合成を起こし、体内に澱粉を生成する。そのためには、そこにある光も、土の湿り気や空気の流れも生命にとっての<問題>として絶えず捉え直され、総合されなくてはならない。問題の全体は、もちろんいつも激しく変化している。それへの<回答>は、変化に応じて作られ続けなくては、草は生きていけない。だから、一本の草が生きていくことは、問題に回答する草の努力そのものに一致する。」(P147)
-「人間の現実は、やたらと複雑なものになっている。人は初めに、言葉で複雑になり、道具の発明で複雑になり、機械化された産業構造や、資本の流れに変動していく社会形態でますます複雑になった。今はデジタル機器が氾濫させる巨大な情報で、さらに測り知れず複雑になろうとしている。しかし、私は信じるが、人間が人間として生きるとは、このような複雑さと絶えず戦って人間固有の単純さを手に入れることなのだ。(P196)

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by daiouika1967 | 2009-02-13 21:34 | 日記  

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