4月25日 雨

終日雨。終日睡魔に襲われる。心身鈍重。
三省堂の新書棚で鈴木英生という人の『新左翼とロスジェネ』(集英社新書)というタイトルが目に留まり、目次を見ると、新左翼の運動と、現在のいわゆる「ロスジェネ」世代の「左翼的運動」、ざっくりとその流れをおさらいしてある本のようだった。今日は頭も働かないし、何かそれほど頭を使わずに読める読み物が欲しかったので、買うことにする。
地下の喫茶店はどこも湿気っぽく、混んでいる。傘をさして外に出て、名駅の地下街から5分くらい歩いたところにあるドトールに行くと、予想通り、店はガラガラだった。コーヒーとホットドッグを食べながら、さっき買った新書をサラサラ読む。途中、睡魔に身をゆだね、15分くらい仮眠をとった。
新左翼も、現在のロスジェネ世代の問題も、社会的な構造を変革しようという運動であるとともに、その運動の動機として、当人の「実存的」な問題が混入していることで共通している(もちろん「運動」とは多かれ少なかれそうしたものだろうが)。
吉本隆明は、たとえば派遣村などの現象に見られる今の「貧困問題」についてどう思うか、という質問に対し、いや、「貧困問題」というが、戦後すぐの一時期のように、本当に食えないという状況になっているとは思わないと答えている。ここで云われているのは、戦後すぐの一時期は、「飢えをどう解消するか」ということが中心の問題になり得たが、今の「貧困問題」の中心は「飢えの解消」というところにはない、ということのように思う。だからダメだ、と吉本は云っているのではない。だから、問題の解消が困難なのだ、と云っている(ように思う)。それでは、そもそも、そこでは「何が」問題になっているのだろうか。
鈴木英生は、新左翼の源流のひとつブントについて、西部邁の回想録を引きつつ、こう書いている。
-「革命を目指す組織には、革命のための理論が必要というのが、それまでの常識だ。大学生中心のブントは、独自の理論家を擁しているわけもなく、既存の哲学者や経済学者の議論、あるいはスターリンと対立したトロツキーの革命論に頼った。だが、西部によれば「ほとんどなんものをも信じていないという点で、ブントほど愚かしくも傲慢な組織は他に例がない」。西部が語るブントは、「自分の虚妄(注:掲げている理念や理論の空虚さだろう)については鋭敏」、つまり覚めていた。にもかかわらず、「明るく頑固に自己を肯定しようとしていた」、つまり虚妄をそれとして押し通したのがブントだ。八十年代に流行った言葉を使えば、「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」のがブント流だったとでもいえようか。」
「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」というのは、浅田彰の書きつけた言葉で、そんなふうに「人生」をカモフラージュして生きる様が、当時のおれにはとてもかっこよく映った(いまでも、おれは、そんなふうに「人生」に対峙している)。
ブントに始まって全共闘へと継承される新左翼、そのブントにも立ち会った柄谷行人、『批評空間』や「NAMの運動」で柄谷と「共闘」した浅田彰を経て、ロスジェネへと流れる、「左翼的心性」。「実存的」な。……
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by daiouika1967 | 2009-04-27 10:17 | 日記  

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