4月27日 晴

風が冷たい。寒いほどだ。陽射しは暖かく、風に吹かれて歩くのは爽快。
三省堂で釈徹宗『不干斎ハビアン ―神も仏も棄てた宗教者』(新潮選書)を買う。喫茶店で読んだ。この本は内田樹のブログで紹介されていた。山折哲雄と中沢新一が審査員を務める涙骨賞の受賞論文ということだ。
ハビアンは1565年頃の生まれ。臨済禅を修めたが、キリシタンに改宗、キリシタンの立場から仏教、儒教、道教などの教理を論駁する『妙貞問答』という書を執筆、しかしのちに尼と駆け落ちし、キリシタンであることを棄教、キリシタンの批判書『破提宇子』を記すことになる。
「神も仏も棄てた」ハビアンは、では、宗教者ではなく、宗教への浅い理解しかもたない俗世のインテリに過ぎなかったのか。釈は、そうではない、と論じている。釈は、山本七平によるハビアン評、すなわちハビアンは「日本教」を体現した宗教者だった、という論説を引き、こう書いている。
―「ハビアンにとって制度化された宗教はひとつの方法論だった、という感はいなめない。ハビアンは、時には真理を知る手立てとして、時には自分という存在を解明する手立てとして、時には生活の手立てとして、時には生きていく推進力として、時には来世のため、時には自らの宗教的欲求のため、時には生きる指針として、時には恋愛のため、時には社会正義のため、その都度精一杯宗教と向き合い、宗教を活用して生き抜いた」(P217)。
釈は、山本の論説の妥当性を一定程度認めつつ、しかし、そこで説かれる「日本教」の範囲が曖昧であることを批判している。とりわけ、「日本教」の大きな柱である、柳田国男が説いた「先祖教」の要素が、ハビアンにはほとんど認められない、と云う。そして、ハビアンの宗教的態度は、「日本教」とカテゴライズするのではなく、むしろ日本に限らず「現代人の宗教性」のある典型に近接しているようだ、と論を進めている。
「現代人の宗教性のある典型」とはどんなものか。それは、「自分をキープしたまま、各宗教を活用する」「自らのチ的好奇心を満たしてくれる宗教情報を活用する」といったものである。これは現代のスピリチュアルムーブメントに共通する態度であると、釈は云う。「宗教ではなくメタ宗教」「宗教の個人化」「道具箱型」「無地域性」「無境界性」「諸科学理論を援用」といった特徴が挙げられるスピリチュアルムーブメント。「ただ」、と釈は付言する―「仏道を歩む者として語るならば、宗教には「自分というもの」がボキッと折れるプロセスを経過しなければ見えてこない領域がある」。……
さて、ハビアンの生きた「宗教的地平」とは、けっきょく、どういったものだったのか。釈は、本書の締めにこう綴っている。
-「ハビアンは、おのれの人生すべてを諸宗教と向き合うことについやした。そしてそれこそがハビアンの宗教性の発揮だったのである。ハビアンの生涯そのものが「比較宗教論」として成立すると言えるのかもしれない。比較という営為の中にこそハビアンのリアルな宗教体験はあった。だからこそハビアンは、「我々だけが正しい」「我々だけが知っている」「すでに絶対の真理は提示されている」という宗教のワナに気づき、敢然と立ち向かったのである。(中略)
孤独と苦悩を抱えたまま、自らの宗教性と向き合い続ける、それが「野人」である。ハビアンは最後に野人という立ち位置に身を置いた。仏教、儒教、新道、キリスト教、それら宗教に育まれた宗教性を抱いて、ひとり裸で生き、死に切る、それこそがハビアンが見た宗教の地平である」(P247)。


そういえば今日は黒沢清監督『トウキョウソナタ』のDVDの発売日だったな、とタワーレコードへ。『トウキョウソナタ』のDVDと、ついでに土屋アンナ『ヌーディー・ショウ!』(DVD付)を買う。
次いで、紀伊国屋書店へ。サミュエル・フラー監督『ショック集団』、アベル・フェラーラ監督『スネーク・アイズ』がどちらも3000円で発売されているのを発見し、これも買う。
大須までぶらぶら歩き、ノムラ書店で、丸山静『熊野考』(せりか書房)を見つける。先週読んだ植島啓司『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』(集英社新書)に多く引用されていた本だ。即買。谷川健一『青銅の神の足跡』(小学館ライブラリー)も見つけ、これも買う。
名駅まで歩き、中古CDショップ69で、最近発売された小坂忠『コネクテッド』の初回限定盤(DVD付)とワールドスタンダード『花音(カノン)』がもう落ちていた。即買。1988年、チコーネ・ユース名義でリリースされたソニック・ユース『ザ・ホワイティ・アルバム』も買う。
今日は、いい買い物ができた。

夜、妻がDVDを借りに行きたいというので、いっしょにゲオへ。何枚か借りてきて、夜、三谷幸喜監督『マジック・アワー』、大杉漣主演『ネコナデ』を観る。
『マジック・アワー』、なんだかアンジャッシュのネタみたいな話で、どうってことないといえばまったくどうってことのない映画だったのだが、ところどころツボにはまり笑えた。三谷幸喜のベタなコメディセンスはけっこう好きで、女優との対談本を読んでいても、思わず顔がにやけてしまうことがある。
『ネコナデ』は、これもどうってことのない映画だったが、子猫が可愛かったんでまあいいや。
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by daiouika1967 | 2009-04-28 17:41 | 日記  

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