10月5日 月 雨

台風が近づいているようだ。週間天気予報によると、今週もまた天気が悪いらしい。朝、ワイドショーで、中川昭一が死んだというニュースを知る。享年56歳。父親の中川一郎が死んだのが57歳だから、ほぼ同い年で死んだことになる。死因はまだはっきりしないらしいが、自殺ではなく病死の可能性が強いという。おれはこの人の政治家としての理念や実践について何も知らないが、ただ顔の造作や表情に色気があって、嫌いではなかった。だからといって、べつに、死んで悲しいとか欠落感があるというほどでもない。

夜、菊地成孔・大谷能生『アフロ・ディズニー ~エイゼンシュテインから『オタク=黒人』まで』(文藝春秋)を読了する。
―「メロディーはノイズをリダクションします。解離だとか失神とか白昼夢などとは言わないまでも、われわれは単純労働の最中において、あるいは、満員電車の中にあって、あるいは、キャメラに撮られた映像を自室でひとり眺めながら、不意に、世界に溢れているノイズの世界に巻き込まれ、自身の行為の意味を見失う、という経験を日常的に受けとめています。このことについて、それは『メロディーが切れたから』なのだというアナロジーをして、まったく意味がわからないと言う方は少ないのではないでしょうか。
十九世紀までは気が付くこともなかった、この新たな雑音との角逐が、二十世紀の芸術の大きなテーマのひとつですが、ニュー・メディアによって拡大されたこの世界のノイズ性=無意識性の顕在化に十分に対抗するためにも、三十年代、人々は是非とも強旋律的な作品を生み出す必要があった、ということもできます。
視聴覚両面にわたって溢れ出したノイズを、メロディーの輪郭を色濃く引くことによって隠蔽し、あるいは、ノイズにメロディーという対立自体を、あらたな調律によって弁証法的に沈静化させること―トーキーによる強シンクロや、B.G.M.による環境音と楽音の線引きの無化は、このような目的を持って遂行されていったのです。認知心理学でも現象学でも、ましてや音楽療法だのいった意味ではなく、世界を『メロディー』として聴き取っていられるあいだは、われわれの生活は安定しているという訳です。」

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by daiouika1967 | 2009-10-06 21:59 | 日記  

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