1.13 水 雪のち晴

小説を読んでいたら、いつのまにか夜も更けこみ、飼い猫と妻はホットカーペットの上でうつらうつら眠っている。おれは眠気を堪えて、その小説を最後まで読み切って、倒れるようにベッドにもぐりこんだ。

読んでいたのは沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』。
昔の男への思慕と、今の男への憎悪―中年女の、よくあるような構図の日常が描かれる。しかし小説を読み進むにつれ、その構図は、女の神経症的な忘却に支えられた虚構だったということが、次第に明らかになる。
小説は女の一人称の視点で書かれているのだが、最初から女の言動には奇妙な歪みが感じられる。不穏な気配を描出する筆力に誘われて、この奇妙に歪んだ薄暗く粘りつくような虚構の「日常」に巻き込まれていく。

ふと、本から頭を上げる。
あるいは「日常」とは、いずれも虚構でしかないのではないか。無意識の忘却と否認によって構成された、“私の”「日常」。あるいは私以外の他者は、まったく異なった「日常」を生きているのかもしれない。……

不穏な気配を孕みつつも、それでもまだ女にとって(読者にとっても)自明だった「日常」が、小説の中盤以降、いよいよ崩れていく。
思慕する男が、女にとってじつは冷酷な鬼畜であり、憎悪する男が、女にとってじつは真の恋人だったと、明かされていく。「日常」は、幾度もネガとポジを反転し、ついには血みどろの情景が浮き上がってくる。
美しかった像が醜く歪み、醜かった像が美しく昇華する。美が醜に、醜が美に、愛が増に、増が愛に、幾度も反転する。

また、本から顔を上げる。
例えば、普段嫌悪していたものがむしろ好ましく感じられ、遠ざけておきたいはずの汚穢をむしろ積極的に欲するようになる、という「反転」。エロティックな興奮に陥ると、こうした「反転」が継起的に訪れ、人は「日常」から逸脱していく。むしろ、逸脱を欲し、その欲望に陶然と身をゆだねていく。
この小説には、そうしたエロティックな陶酔と、同じ性質の高揚感が感じられる。ほとんど、疑似セックスしているような感覚がある。……

ベッドにもぐりこんで、すぐに眠りに就き、おれはひどく濃厚な性夢を見たのだった(夢精はしなかった)。
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by daiouika1967 | 2010-01-13 18:42 | 日記  

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