4/14(木) 曇

昔、イッセー尾形の一人芝居で、「取引先に謝罪に来た男」を描いた一幕があった。舞台は、とある会社の受付。ひとりの男が受付嬢を相手に軽口を叩いている。男は誰かを待っているようだ。受付の前を誰かが通りがかる。男の知り合いらしいが、待人ではないようだ。男は馴れ馴れしい口調で冗談口を叩く。そのやりとりから、男は取引先の会社に何か大きな迷惑をかけそれを謝りに来ているのだ、と察せられる。
それにしても、と観客は違和感を感じることになる。謝りに来ているにしては男のノリは軽すぎやしないか。冗談口叩いてる場合じゃないだろう。男は謝り慣れているのだろうか。あるいはそうなのかもしれない。男にとって謝罪するなんてのは、日常的なお仕事の一環でしかないのかもしれない。
さて、いよいよその迷惑をかけた当の担当者がやってきた。男の顔つきが変わる。道化た動きと表情で宥めて取り入ろうとしたり、それが通じないとなると一転、真剣な面持ちで泣きを入れ、さらに大仰な身振りで土下座してみたり、とにかく何の臆面もなく相手に媚びへつらい、ついには相手も半ば呆れてのことだろう、男の謝罪を受け入れざるを得なくなる。
ありがとうございますっ、と頭を下げ、その担当者が去っていくのを冷めた眼差しで見送る男。最後、男が受付嬢に性懲りもなく軽口を叩いたところで、舞台の幕が下りる。
芝居の記憶が正確かどうかはわからないが、この男の徹底して割り切った、ほとんど分裂症的な、いっそ清清しいほどの道化ぶり、軽薄さを、おれは渡世上のひとつの有効なモデルとみなし、ときにそのモデルを演じることで、きわきわの状況を乗り切ってきたように思う。最近は狡猾な中年男の風貌になってきて、ますます軽薄=冷酷な態度が板についてきた。

喫茶店で、荒木経惟『すべての女は美しい』(だいわ文庫)を読む。―≪いいなって感じる女のエロスってのは、やっぱり持って生まれたものがあるね。女としての精神も肉体もいちばん柔軟な、五歳から七歳くらいまでに育まれるんじゃない?だから、ハイティーンになって、男といっぱいやりまくったって、いい女にならないんだよ≫―なるほど、だから、アラーキーの撮る少女はあんなに女っぽいんだな。それに、たしかに、この時期に、彩り豊かな人間関係に恵まれた女の子って、造作の良し悪しに関わらず、関係が近くなるとふくよかなエロスを発散する「いい女」なんだよね、とさまざま目から鱗。
アラーキーの写真を見たり文章を読むと、その直後しばらく、女の子を見る眼がアラーキーの影響を受ける。表面的な美人、不細工とは違う基準で、その子が発散するエロスの強さで、いい女かどうかを感知できるようになる。その辺りにいる女の子に、唐突な磁力を感じて、なにか物語の始まりを妄想したり……魔にさされやすくなる。
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by daiouika1967 | 2010-04-17 00:25 | 日記  

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