5月16日(月) 曇

金曜日から週末は、五月晴れの爽やかな陽気だった。暑くも寒くもなく、気持ちよすぎて、でもどこか不安な心持がした。
不安は、何か具体的な理由のあってのものではなく、いや、金欠だとか中途半端な仕事が溜まっているとか、それなりに不安の種となりうる事実は見当たりはするのだが、それらがすべて解消したとしても、今感じているこの心細さはさっぱりとは拭えないもののように感じる。
生まれ落ちた瞬間に感じた、強烈な寄る辺なさの感覚が、春の生暖かさ、涼しさに包まれて、ふいによみがえってくる。
自分が自分を維持していることは、まったくの偶然、奇跡的な僥倖でしかなく、自分の生など、いつなんどきプツンと途切れてもおかしくない頼りのないものなのだ、という生々しい実感がつきまとって離れない。

石橋英子『CARAPACE』。おれは、多調、無調の音楽がとにかく好きなようだ、と自分の好みを発見する。
ある旋律から、別の旋律が前景に取って代わって聞こえる瞬間、もう幾度となくくりかえし聴いているにもかかわらず、そのたびに意外な驚きが突き上げ、世界が溶解するような開放感につつまれる。

谷口ジロー『ふらり。』(講談社)を読む。
主人公は江戸の若隠居。江戸の街をふらふらと遊歩して暮らしている。歩くたび、歩幅が一定になるよう気をつけつつ、自分の歩いた歩数を数えている。どうやら彼は、日本の地を測量することへの奇妙な情熱に駆られているようだ。測量への情熱は、江戸という時代、空間を惜しみ、どうにか形あるものとして定着しようという、主人公(あるいは作者)の思いの表れなのかもしれない。
無為を過ごしながら、主人公は、とりとめもなく考え、とりとめもなく周りの世界を観察する。亀や猫、蜻蛉、果ては桜の木をじっと見ていると、主人公はいつしか、それらさまざまな生き物に憑依し、それらさまざまな生き物の視点で世界を眺めている。水中にもぐる亀から見る世界。空を飛ぶ複眼の蜻蛉が見る世界。一つ処で長い長い年月を過ごしてきた桜の木に蓄えられた記憶の像。それらの描写は、ほとんど神業である。
これも『孤独のグルメ』や『散歩者』、『坊ちゃんの時代シリーズ』と並んで、何度もくりかえし読む谷口作品の一つになるだろう。
[PR]

by daiouika1967 | 2011-05-16 23:55 | 日記  

<< 3月17日(火) 曇 5月12日(木) 雨 >>