6月8日(水) 曇

昨日とは打って変わって仕事がはかどった。午前中資料作成、午後プレゼン、夕方制作ミーティング、夜マーケティング戦略会議。すべて、よどみなく、迷いなく、さらさらと消化する。

今日は音楽も聴かず、本も読まず、夜までフラットな時間がつづいた。

夜、妻が、急遽東京に行くことになった、というので、車で名古屋駅まで送る。

眠る前、ベッドのなかでちょろちょろと読み進んでいた島尾敏雄夫人、島尾ミホの回想録『海辺の生と死』(中公文庫)を読み了えた。
文章の端々から奄美の風光がきらめきたつようで、けっして安穏としたことばかりが書かれているわけでもないのだが、読んでいると南島特有のおおらかで包容的な時間に包まれる心地になる。寝る前には、ちょうどいい読み物になった。
解説は吉本隆明。昨日読んだ大澤信亮の柳田国男論で、しばしば吉本が引用されており、ちょうど吉本の文章が読み直したくなっていたところだった。この本の解説が吉本だとは知らなかったので、シンクロニシティの感を覚える。
大澤信亮の文章を読んで、私は柄谷よりむしろ吉本を読み直したくなった。大澤信亮の文章からは過剰に受苦的な感性が感じられたが、こうした感性の持ち主が感応する吉本(抽象力で人間の「起源」「原型」「普遍」に遡行していこうという強い意志を持つ思想家としての)に、私は強く惹かれる。80年代、栗本慎一郎もまた同じく受苦的な感性の持ち主だったが、思えば、私が最初にのめりこんだ吉本の著作は、栗本との対話『相対幻論』だった。『共同幻想論』『心的現象論』といった主要著作群も、しばらくは栗本による「読み」をなぞるようにして読んでいたのだった。
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by daiouika1967 | 2011-06-09 23:17 | 日記  

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