6月20日(月) 雨

朝、鬱。しのつく雨で空気が湿っている。蒸し暑い。傘をさして歩くと手が塞がって不自由。鬱陶しい。
恨み僻み嫉みの雲が頭にかかる。すべてのどうでもいいどうしようもないことが降り注ぐ。妄想の傘をさして歩く。音楽が耳に入ってこないのが寂しい。
適当にだましだまし自分の状態に折り合いをつけているうちに、夕方。喫茶店でスーザン・ブラックモア著『「意識」を語る』(山形浩生/守岡桜訳 NTT出版)を読み継ぐ。1時間半没頭。鮮やかな知的高揚で、抑鬱感が晴れた。
夜。佐藤愛子『今は昔のこんなこと』(文春文庫)を読み継ぐ。読了。


スーザン・ブラックモア著『「意識」を語る』(山形浩生/守岡桜訳 NTT出版)
スーザン・ブラックモアによる「意識」をテーマにしたインタビュー集。
インタビュイーはネッド・ブロック、デイヴィッド・チャーマーズ、パトリシア&ポール・チャーチランド、フランシス・クリック、ダニエル・デネット、スーザン・グリーンフィールド、リチャード・グレゴリー、スチュワート・ハメロフ、クリトフ・コッホ、スティーブン・ラバージ、ケヴィン・オレーガン、ロジャー・ペンローズ、ヴィラヤヌル・ラマチャンドラン、ジョン・サール、フランシスコ・ヴァレラ、ダニエル・ウェゲナー。

≪デイヴィッド・チャーマーズ:脳プロセスだけの説明では、どんなものでもそこから意識の存在を導出できない。世界についての物理的な事実をすべて知った人がいても、やっぱり意識のことはわからないと思う。だから脳プロセスと意識体験との関係が還元的なものでないなら、いったい何なの?明らかにかなり密接な相関や結びつきはあるはずだ。意識の科学に必要なのは、その橋渡しを体系化することだ。
これは形而上学的な深い問題を引き起こす。世界には何があるんだろうか?世界の基本的な構成要素とは何だろうか?物理では、これはしょっちゅう起こる。だれも、たとえば時間や空間を、時間や空間よりもっと基本的なもので説明しようとはしない。質量や電荷でも同じだ。結局どこかで、何かを根本的なものとして受け入れることになる。ぼくの見方は、一貫性を持つためには意識についても同じことを言わなきゃいけないってことだ。もし意識についての事実が、すでにぼくたちの持っている根本的な物理的性質-たとえば、時間、空間、質量、電荷とか-から導出できないのであれば、一貫性のあるやり方は「オッケー、だったら意識は還元されるべきものじゃないんだね。還元不可能なんだ。根本的ななんだ。それは世界の基本的あ特性の一つなんだ」と言うことだろう。
だから意識についてやるべきことは、それが世界の根本的な特性だってことを認めて-時間と空間並に還元不可能なものだと認めることなんだ。そしたら、それを統べる法則を見て、主観的体験の一人称データと、三人称的な客観的物理特性との関連性を見ることになる。いずれ、その関連性を支配する根本的な法則群ができるんじゃないかな。物理で見られる単純な根本的な法則と似たような形でね。≫

≪フランシス・クリック:ダニエル・ウェゲナーは、起こっていることのほとんどは意識されていないとうまい説明をしている―在る意味で自由意志は付帯現象だと。そのとおりで、かれの説明は正しいとわたしは思う。有効な現象だ。毎回何が起こっているか正確に教えてはくれないが、物事の起こり方の記録みたいなものは与えてくれる。ダン・でネットは長々とした本を書いて延々と述べ立てたが、ウェゲナーの方がはるかに的を得ていると思う。≫

≪ダニエル・デネット:人は、自分が実際よりはるかに意識的だと思っている。そして、意識が実際には持っていないような性質さえ持っていると思いがちだ。もしそういう性質を意識が持っているなら、ありゃりゃ困ったぞ、意識を説明するのはずっとむずかしくなっちゃうんだ。だからまずやるべきことは、この現象をしぼませて、それが思ったほどとんでもなくすごいもんじゃない―とてつもなく謎めいたもんじゃない―というのを理解することだ。そうなれば、なんというか手なずけられる。そうなったら説明できる。≫

≪リチャード・グレゴリー:さて、思うに人は今の瞬間を生きなければならない。人は死なずに道を横切らなきゃいかんわけです。だから信号が今この瞬間に赤か青かというのはほんとに大切なんですが、知覚の処理は時間軸に広がっている。ではあなたは今現在の瞬間をどう見つけましょうか?それは意識によって標識づけまたはフラグ立てされとるんだ、というのがわたしの提案です。クオリアの驚くべき鮮やかな感覚が得られるのは、つねに今の瞬間に当てはまることなんです。≫

≪スチュワート・ハメロフ:基本的には、クオリアや意識体験には二種類あると思います。一つは創発です。つまり、脳はいろいろ複雑な情報処理をするので、その複雑性の中から新しい性質がもっと高次で出現するというもの。(中略)
もう一つの見方は、意識、または何か原意識のようなものが、宇宙にとって根本的な存在なんだというものです。それはスピンとか質量とか電荷と同じように、現実の一部なんです。つまり物理学にはいくつかの還元不能なものがあって、それはとにかく「あれはそこにあるんです」と言うしかない。意識もそういうものなんです。≫
≪心臓停止、あるいは死などで微小管の量子コヒーレンスが失われると、頭の中のプランクスケールの量子情報も、宇宙のプランクスケール全体に放出され、漏れ出します。存命中に意識や無意識を構成していた量子情報は完全には放出されませんが、それが残るのは量子からみあいのためです。
量子重ね合わせ状態にとどまり、量子的な状態還元や収縮を起さないので、無意識のような、夢のような状態になっています。そしてプランクスケールでの宇宙は非局所的なので、それはホログラフ的に永遠に存在し続けます。
これは魂かって?そうかもしれませんよ。≫

≪スティーブン・ラバージ:アイデンティティというのが、雪の結晶の違いのようなものだということを実感すること。われわれが個々の雪つぶで、個別の結晶形態を持っているとします。もちろん雪つぶごとに違いはあります。構造が違っていますから。そしてここで、その一粒が海に落ちようとしています。雪粒は何を恐れるでしょうか?「自分は消滅しようとしている、自分は消滅する、消え去って、無になる」と思うかもしれない。でも実際に起こるのはひょっとしたら―そしてこれは、死や悟りのメタファーです―無限の拡張かもしれない。自分がただの凍った水の一粒ではなく、自分が水そのものであるということを思い出すのかもしれない。だからこの本質のメタファーは、別のレベルでは、形態と同時に存在しているんです。区別は消えるわけじゃない。ただそれは単なる形態でしかない。本質は統一性なんです。≫

≪ヴィラヤヌル・ラマチャンドラン:下等動物―下等動物と言うべきではないですね、一般の動物、人間を除く高等霊長類でさえ持っているのは―むき出しの背景認識だけ。ただメタ知覚という特別なものが備わっていないのです。
さて、これは粗っぽく言うと寄生性の脳みたいなもので、「第一」脳の出力を入力として使っています。別の言い方をするなら最初に情報処理があり、後索系のおこなうさまざまな自律運動の類があって、それから進化の過程のどこかで表象の表象がほかの目的のために作られた。問題はほかの目的とは何か、ということです。
冗長ではないかと言われるかもしれません。なぜ表象のこれまた表象を作るのか?その答は、それが冗長ではないということです。新たな計算上の必要を満たすためにそうしているのです。頭の中のオープンエンドな符号処理。これをわたしたちは思考と呼んでいます―これらの符号をやりくりして、想像でできた風変わりな予想を出すこと。そこに深く結びついているのが言葉の発生です―こういった発想、意図、思考を他人に伝達できること、そして他人の心の理論を構築すること。これらすべてが進化の過程でほぼ同時に起こったのですが、それが類人猿の心の飛躍的進歩だったのです。≫

≪ね、おかしな問題ですよ。自分が知っていると知らなくちゃ、知ることはできないわけですから。これが一番重要なところです。だから知っていると知っている、あるいは赤を見ていると知っている自己感が必要なのです。
でもこれは無限後退ではありません。「あなたはわたしがあなたの奥さんと浮気していると知っているのを知っていますね」とは言えても「わたしが知っているとあなたが知っているとわたしが知っていることをあなたが知っていると私は知っています」というと山びこのようで話の筋がわからなくなってきます。脳が処理できる手続きは自己感に適切な数に限られているのです。だからこれは無限後退ではなく別の脳構造で、小人などいないのです。≫

≪すべてを預かる超越者ではないと考え出すと「ああどうしよう、死んだらもういなくなってしまうだ」と言って、死ぬのがこわくなる。でも宇宙の盛衰の一部だと思えば、この世を観察するやがて消されてしまう孤立したちっぽけな魂などないと思える。≫

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by daiouika1967 | 2011-06-21 22:14 | 日記  

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