12月26日

午後。サティを聴きながら、小林勇『蝸牛庵訪問記』(講談社文芸文庫)を読み継ぎ、読了する。

幸田家、露伴と文の親子関係について書かれた一節。
≪文子さんは兼々自分は父から愛されていないといっていたし、そう信じていた。また古いことを知っている漆山又四郎氏も、文子さんは亡くなった歌子さんのように可愛がられなかったと私に話したことがあった。しかし、私はそうは考えなかった。私の知っている限り、先生は小言はいうが、その境遇を案じ、いつも心にかけていた。たとえば文子さんが帰ってきたころ「自分が育てたころのあれのよさがこの十年間にすっかり荒らされてしまった」といい、それを取りかえさなければならないと文子さんに遊芸の道にふたたび遊ぶことをすすめた。そして或る時は、「文子は大変よくなって来たよ」といった。
私は先生の文子さんに対する態度や、愛し方は独特なものであり、非常に厳しいが、それだけ純粋で高いものだと信じていた。時に文子さんがその問題にふれたときには、言葉少なに自分の考えをいうより他仕方がなかった。親子互いに愛していながら、少しも甘い空気が出て来ない、それが幸田家伝統のものだろうと私は考えていた。≫

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by daiouika1967 | 2011-12-26 16:58 | 日記  

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