10月25日(土) 曇

午前中、カフカ『失踪者』(池内紀訳 白水社)の残り半分を、ようやく読む。
カフカの魅力のひとつに、ほとんど背景の一部分として書かれているような、その場限りの登場人物にも、奇妙なくらいのリアリティが備わっている、ということがあるように思う。精密な描写がされているわけではなく、ある意味類型的な像が描かれているだけのようにも思えるのに、不思議である。
それから、世界が、どうしようもない力に支配された場所であり、個々人の意志がそのまま通ることは決してないのだ、という感触(こういうのを「不条理感覚」と呼べばいいのだろうか)。……

午後、<ジュンク堂>で、細野晴臣・鎌田東二『神楽感覚 ―環太平洋モンゴリドユニットの音楽世界』(作品社)、カフカ『審判』『城』(池内紀訳 白水社)を買う。
図書館、伏見の喫茶店と歩いて、『神楽感覚』を読んだ。対談の冒頭で、細野晴臣の原風景ならぬ“原音景”とでも言うべき、音楽体験のことが書かれている。二箇所、抜粋する。
《終戦直後っていう感じですから、東京も焼け跡があったんでしょうね。家が少なかったわけです。ぼくが子どもの頃は車が三十分に一度通るか通らないかって静けさの中で暮らしてました。ですから、夜寝ていると目黒駅から電車の音が聴こえてくるんです。当時ぼくの祖母なんかは省線っていってたんですけど。その音がなかなか良かった。それがぼくの音楽体験の原型なんです。》
《ぼくの祖父というのはピアノの調律をやっていたんです。組織の属さず独立してやっていたので、家にごろごろピアノの古いのが運ばれてきては一日じゅう調律をやっていて、それがまたいい音で。(中略)しかも隣が材木工場だったんです。ドリルの音のキーンという音が一日じゅう鳴っている中に、ピアノの音が聴こえてくるという。僕の音楽の原型っていうのはそういうものです。》

遠い木霊のような電車の音。機械的なノイズのなかに浮かんでは消える断片的な旋律。
鎌田東二が、この話を受けて、「カオスとコスモスが同居しているような世界」と言い、細野晴臣の音楽世界そのものですね、と感想を言っている。
おれの幼時の体験にも、同じような体験がある。
幼い頃、寝ていると、ときどき、遠い電車の警笛のような音が聴こえることがあった。じっさいに聴こえていたのか、幻聴なのかも、もうよく分からない。布団の中でその音が聴こえると、ひどく寂しいような気持ちになったことは、はっきり覚えている。しかし、ただ寂しいだけではなく、その気持ちの中には、なにか甘い懐かしさのようなものもかすかに混じっていた。
それから、おれの実家の隣りが印刷工場で、その工場に窓一枚で面していた部屋に行くと、印刷機の回るカシュッカシュッという音が、常に聴こえてきて、その音を聞きながら、よくうつらうつら昼寝していた。曇り窓から午後の気だるい陽光がさしこんでくる、その明るさをよく覚えている。
おれは、YMOの『テクノデリック』というアルバムが大好きで、何百回か、もしかすると千回くらいはくりかえし聴いているかもしれない。このアルバムの最後に収録されている「プロローグ~エピローグ」という曲があるのだが、この曲にサンプリングされている機械音が、おれの“原音景”の音に似ているのだ。それで、聴くたびに、どうしようもない郷愁が喚起されるのである。

『神楽感覚』には、付録でDVDが付いていた。環太平洋モンゴロイドユニットの演奏を収めたDVDである。夜、12時頃から、ソファーに座って、観ていたら、すごく気持ちが良くなって、そのままソファーで眠ってしまった。
2時頃、はっと目が覚め、ベッドに入った。
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by daiouika1967 | 2008-10-27 00:35 | 日記  

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