11月22日(土) 晴

10時に目が覚めると、携帯がピカピカ光っていて、見ると9時過ぎに着信が入っていた。クライアントのNからの着信である。返信すると、仕事の話ではないが、今から来れないか、と言う。別に特別な予定はなかったので、いいですよ、と答え、出自宅をして、Nの会社に向かった。
Nの会社は、おれの家から、歩いて10分程度の距離にある。着くと、Nは、すいませんね、休みなのに。昼飯は奢ります、と、とりあえずは恐縮してみせる。
話は、じっさい、仕事の話ではなく、Nが最近知合った女の子をめぐる話題だった。
30歳になる女の子なのだが、金持ちの親に出資してもらい、自分でいくつかの事業を経営しているらしい。
Nは、その女の子とうまくいけば、逆玉に乗れるかもしれない、と皮算用しているのである。
しかし、そんな話を聞かせるために、わざわざおれを呼び出した、というわけではない。いくら家が近いからといって、おれとNとは、無為な時間をいっしょに過ごそうとしめしあわせるほど親しくはない。
「Mさん、おれと彼女がうまくいけば、その伝手を利用して何か金儲けできませんかね?」と、Nが言う。
「いや、いまのところ、漠然としすぎてて、具体的な絵は描けませんけど。でも、おもしろそうですね」と答えると、
「そうですよね。その子は人脈もすごいんで、おもしろいことになるんじゃないかと思うんですよ」とNが言う。

おれは、今までにも、「こんなすごい人と知合えたから、自分の人生もようやく開けるかもしれない。これから面白くなりそうだ」という類の話を、N以外の誰彼からもたくさん聞かされてきた。
しかし、その手の話は、ほとんどのケースで、けっきょくどうにもならないのである。
おれはその手の話を聞くことが多い。何を期待されているのかは分かる。おれに話を持ちかける誰彼はみんな、おれに、その「すごい人たち」に「食い込める」ような絵を描いて欲しがっているのである。
しかし残念ながら、おれには、そんな才覚はない。
みんなの目には、おれは毎日、ほとんどたいした仕事もせずに、ぶらぶら遊び暮らしているように映っているらしい。遊んでいるだけなのに、何か得体の知れない収入を得ていて、なんとなく生活が立っているように映る。そのイメージが、「あいつは“社会の秘密”のようなものに通じている、だから、自分にはどうにもならないことも、あいつならいい知恵をもっているはずだ」という、過剰な期待につながっているのではないか、と、どうも、そんな気がする。
もっとも、おれ自身、「正体不明なおれ」というイメージを自己演出しているところもあって、それはとくに何かを企んでのことではなく、ただ、その自己像を保つことが、おれのナルシシズムを満足させるからにすぎない。「あの人は特別な知恵を持っている」と評価されるのは気分がいい。それだけのことである。
それに、ありもしない「特別な知恵」を、さも自分が持っているかのように振舞っていると、何か瓢箪から独楽ではないが、意外に物事がうまく運ぶこともあるんじゃないか、という、おれ自身、本気で信じてはいないような期待もある。
けっきょく、Nのような人間と、さほど変わるところはない。

「Mさん、これこれ」と、Nがパソコンの画面を見せると、そこに、件の女の子のブログが映し出されていた。
プロフィールには顔写真も載っている。
「ああ、けっこう可愛いですね」と言うと、
「まあ、そこそこね」とNが答える。
「それで、こっちが……」とNがマウスを動かし、今度は自分のブログを表示させる。
上半身裸のNの写真が映っている。鍛えられた、筋肉質の肉体を、誇示するように、しかしさりげなさを装って撮ってある。
「……おれね」と言って、言った直後に破顔し、わははははと笑う。おれも、いっしょに、わははははと笑う。
「その女の子は、この写真、見てるんだ?」と訊くと、
「うん、見てる」とNが答える。
「それで、“いい感じ”になった?」と笑うと、
「いや、まあ、それだけじゃ、もちろん、ないけどさ」とNも笑う。
「まあ、でも、この肉体美は、武器になるかも」と、また笑うと、
「いやいや。まあ、でも、それは否めないかも」と、Nもまた笑う。
そんな空談で、ひとしきり空騒ぎをして、昼飯には寿司を奢ってもらい、2時過ぎには、Nの勤める会社を後にした。
昔は、こうした空騒ぎで盛り上がると、一人になったとき、なんともいえない虚しい気分になったものだが、最近ではもういちいち何も感じなくなった。

しばらく、本屋をうろついて、喫茶店に入り、内田樹『昭和のエートス』(basilico)のつづきを読む。200ページまで読み進んだ。B.G.M.はバッハ。1時間、バッハを聴きながら、活字を読んでいると、空談で散漫になった意識が、ぎゅっと凝集されるような感じがする。
夜は、英語の勉強、2時間。1時過ぎ、就寝。
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by daiouika1967 | 2008-11-25 01:01 | 日記  

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