12月11日(木) 曇

●昨夜は夜、なんだかとても眠たくて、でもyoutubeで爆笑問題の漫才を見ていたらそれが面白くて、11時過ぎから眠たいなぁと感じつつ、けっきょく2時過ぎまで起きていた。
今朝は、目が覚めると、もう10時を過ぎていた。今日もまた早朝から、すこし眠りが浅くなると、Pが超能力でそれを察知して、枕元に来て顔に鼻面を近づけてくるので、そのたびにはっきりと覚醒してしまったのだけれど、それでも眠気の方が強く、しっかり目が覚めたのは10時過ぎだったというわけだ。
よく眠れた。それでもまだ心地のいい眠気が残っていて、全身が気だるく、ペニスが勃起している。隣で寝ている妻の体をまさぐっていたら、だんだん気持ちが良くなってきて、そのまま胸や脚や股間を触りつづけていると、彼女も興奮してきたようだった。そのまま裸になってセックスした。
そういえば妻とセックスするのは久しぶりである。冬は寒いから裸になるのが億劫だということもあるし、普段からハグしたりキスしたりといったスキンシップが頻々とあるので、最近では改めてセックスするまでの気分に、なかなか至らない。
セックスを終え、妻は、汗が乾いて寒くなる前に、シャワーを浴びに行った。おれは彼女がシャワーを浴びている間、裸のまま布団にもぐって、手だけ上に出して、ぼんやりしていた。すると、Pがやってきて(セックスしている最中は、Pはなぜか来ない。来ても、ふたりの様子をしばらく眺めて、ぷぃとどこかへ行ってしまう。何か不穏な気配を感じるのだろうか)、おれの指先をペロペロと舐め始めた。性交中に妻が分泌したものが指先に乾いているのを舐めている。動物には好ましい匂いや味なのだろう。

●朝からセックスしたので、なんとなくだるくなった。
昨日、一昨日と、おれにしてはかなり脳を酷使したので、今日はぼんやり年賀状の宛名でも刷ろうかと思っていたところだから、まあ、ちょうどいいような按排だ。
年賀状は、すべて親父の店のもので、おれは、大人になってからは、個人的な年賀状は出したことがない。ほんとうは、一年まるっきり会わないのだけれど、近況を通じ合っておきたいというような友だちも何人かはいるのだが、いまさらわざわざ電話して住所を確認して年賀状を送るというのも、不自然だし億劫である。
親父の店の年賀状は、約千枚ある。宛名は筆王のデータベースになっていて、あとはそれを出力するだけのことだ。本来なら数時間で済む、何の労苦もいらない作業である。しかし、去年もそうだったのだが、家庭用のプリンターというのは、よほど紙を巻き込むローラーがチャチなのか、2、300枚も印刷するとすぐバカになってしまう。2枚印刷しては紙詰まり、1枚印刷しては紙詰まりという具合で、いっこうに埒が明かない。
使えねぇ!こんな簡単な作業に耐えられないってなぁどういう了簡なんだ!と、機械を擬人化してイライラしはじめる。
ついにはまったく紙を噛まなくなり、「用紙がありません」というメッセージがでて、もううんともすんとも言わなくなると、もう苛立つのを通り越して、投げやりな気持ちになってくる。
おれが遠い目をして沈んでいると、妻が、
「いや、家庭用のじゃダメなんだよ、きっと。去年もそうだったでしょ。業務用のレーザーじゃないとダメかもよ?」。
おれが興奮したりブルーになったりしているあいだ、彼女はパソコンでYAHOOオークションを検索していたらしい。
「これ、10万のレーザープリンターの新品が2万7千円で出てるんだけど…」と妻が言う画面を見ると、たしかに安い。
いいじゃん!これ買っちゃおうよ!と即決して、これでこの使えねぇプリンターと無理に付き合う必要もなくなったと思ったら、一気に気分が明るくなった。
気づくと、もう、5時を過ぎて、窓の外は暗くなっていた。明るいうちを、年賀状200枚を刷って潰してしまった。

●夜、椅子に座っていると、Pが膝の上に飛び乗ってきて、しばらく撫でていたら、そのままおれの太腿のうえで、自分の前足に顎を乗せて眠ってしまった。
人肌が温かくて心地いいのだろう。とても幸せそうな寝顔をしているので、おれは、そのまま動けなくなってしまった。けっきょく1時間くらい、その体勢のまま、何もせずに過ごしたのだった。

●昔スペースシャワーTVでやっていたコーネリアスの番組『中目黒TV』を見返した。2年前、『SENSUAS』が発売された頃放送された番組で、ライブとPVが組み合わさった内容のものだ。
『SENSUAS』は聴き倒したアルバムだけれど、こうして映像つきであらためて聴いてみると、やっぱりしみじみとすてきにポップ&チル・アウト。
「WATARIDORI」という曲を聴いていて、その曲は、ミニマルな音列が、いくつかズレを保ちつつ組み合わされたような音楽で、その映像は、街の上空を渡り鳥が飛んでいくのを、影絵のようなアニメーションで表現したものなのだが、それが最高のトリップ感覚をもたらしてくれる。
音楽では、渡り鳥が飛んでいるのを描写するだけで、こんな充実した開放感が表現できる。そういえば、渡り鳥の生態を延々と追いかけたドキュメンタリー映画もあったな、と思い出す。動物や、あるいは自然を描写することで、音楽や映画は、その領域を、「人間」という限定を超えたところにまで拡張する。
小説でも―、とふと考える―、例えば保坂和志の小説に出てくる猫は、何かの象徴や比喩ではなく、猫そのものとして登場している(と、保坂和志自身も、エッセイなどで、くりかえし指摘し強調している)。保坂和志が、小説に(象徴や比喩ではない)猫そのものを登場させるのは、その小説世界を、人間同士の閉じられた関係性から解き放ち、もっと広々としたものに拡張するためであるのにちがいない。…
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by daiouika1967 | 2008-12-12 00:07 | 日記  

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