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4月29日 水

世間は今日からゴールデンウィークというところが多いようだ。おれはべつに休みといってやることもなく、仕事といってもこれといった制約のないような、なんのめりはりもない生活をしているので、そういう世間の動きはあまり関係ない。
今日は、午後から、妻と、栄に出た。おれのベルトを買いに行くためである。とりあえずラシックでパスタランチを食し(トマトとモッツァレラチーズのバジリコソース。美味い。4種の前菜も量がたっぷりあって、それぞれに工夫があって○。デザートのパンナコッタは絶品。大満足)、三越でベルトと、ついでに新しいシャツも買った。
スーパーに寄って、食材を買い込み、帰宅。夕方5時くらい。妻は、帰ってすぐに床にごろんと寝ころび、そのまま眠ってしまった。10時過ぎまで眠り続けた。Pがにゃあにゃあ鳴き、ばたばたと走りまわって、寝ている妻の体をとびこえ、しばらく暴れまわっていた。そういえば昨日の朝を最後に、それ以降ウンコをしていない。腹にウンコが溜まると、Pはいつもこういう感じになる。妻が寝て、Pが走り回り、開けっ放しの窓の外では連休第一日目の夜が更けていく。おれは、その全体を感じながら、買ってきた柏餅や黒糖かりんとうを食べながら、テレビで以前に撮っておいたNHKのETV8「鶴見俊輔」を眺めていた。
ホワイトヘッドが最後の講演の最後に言った言葉。なんだと思う?と鶴見俊輔がインタビュアーにあのクリクリとした目で尋ねる。「精密さはフェイク、作り物にすぎない」と、こう言ったんだ。ラッセルと『プリンピキア・マテマティカ』を書いたあのホワイトヘッドが、だよ。こう言って破顔一笑、わははははは、と笑ったのだった。世界の底が抜けて、“下から”光が差し込んでくる、そんな笑いだった。
Pが巨大なウンコをしてようやく落ち着いた頃、妻が目を覚まし、おれは眠たくなって、ベッドに倒れこみ、一日が終わった。
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by daiouika1967 | 2009-04-30 09:23 | 日記  

4月28日 晴

Pが枕元でしつこく起すので、もしや、と思ったら、案の定トイレにうんこがしてあった。Pはうんこをすると必ず、「さっさと片せ」と起こしにくる。眠い目をこすって片付けると、すぐにトイレの匂いを確認して、小便を始めた。

昨日買ったCD、ワールドスタンダード『花音(カノン)』は、これからの季節、午後のけだるい時間に聴くとぴったりだろう。今年の夏は、これと、すこし前に買ったダニエル・クラール『クワイエット・ナイト』で乗り切ることにしよう。

午後、ジュンク堂で『柄谷行人 政治を語る』(聞き手:小嵐九八郎 図書新聞)を見つける。即買。喫茶店で、読んだ。
以下、メモ。
○「構成的理念」/「統整的理念」の区別。
―「構成的理念は、現実化されるべき理念です。統整的理念は、けっして実現されないが、指標としてあって、それに向かって徐々に進むほかないような理念ですね」(P68)
―「たとえば、昨日の自分と今日の自分は同じ自分だと人は思う。しかし、ヒュームがいったように、同一の「自己」など仮象にすぎない。ところが、もしそのような幻想をもてないとどうなるか。統合失調症になるでしょう。だから、この種の仮象は不可欠であり、また不可避的である。カントはこのような仮像をとくに「超越論的仮象」と呼びました。理念も超越的仮象です。共産主義という理念も同じです」(P69)。

○社会を「生産様式」ではなく、「交換様式」のさまざまな接合形態として見る(経済人類学的な見方)。
―「どんな社会構成体も、さまざまな交換様式の接合としてある。つまり、贈与の互酬、収奪と再分配、貨幣による商品交換という交換様式の接合。社会構成体のちがいは、どの交換様式が支配的であるかによって、また、その結合の度合いや濃度によって決まる」(P79)。
○「単独者」であるための「中間勢力」の再構成。
日本に存在した多様な「中間勢力」が、2000年頃、ほぼ消滅した。それは、80年代中曽根がレーガン、サッチャーと協同しつつ実行した、国鉄の民営化(国鉄の労働組合の解体=総評の解体=社会党の消滅)に始まり、日教組の弾圧、公明党(宗教的勢力)の与党への取り込み、部落解放同盟の制圧、暴力団の制圧、等々を経て、2001年に小泉が首相になる前には、この「新自由主義的体制」は完成していた。小泉がやったのは、そうした中間勢力の残党を、「守旧派」「抵抗勢力」と名づけて一掃した、ということでしかない。
NAMは、この中間勢力としてのアソシエーションを再構成しようと結成されたものである。ただし、従来のアソシエーションが生産過程に重点を置いてきたのに対し、NAMでは流通過程にその重点を置いた。資本の増殖のためには、労働者による消費が不可欠であり、「売る立場」である労働者として闘うより、「買う立場」である消費者として闘う方が、真に「公共的」であることが容易となるからだ。
-「労働者と消費者は別のものではない。労働者が消費という立場に立つ時に、消費者となるだけだ。であれば、労働者は、彼らが最も弱い立場である生産点だけでなく、むしろ消費者としての立場で闘うべきだ。そこで、僕が考えたのは、労働者/消費者の運動を創り出すことです。具体的にいえば、労働運動と消費運動を結びつけること。それが一つです。
第二に、それとつながることですが、消費者=労働者として国家や資本に対抗すると同時に、それらに依拠しないですむような経済的なアソシエーション(生産=消費協同組合や地域通貨・信用体系)を創り出す、というものです。これは将来、国家権力を握って実現するというようなものではない。いますぐ、できる。むろん部分的・地域的なものですが。しかし、これがなければ、結局、国家に依存する社会民主主義になるだけです。
もちろん、労働運動も消費者運動も協同組合も地域通貨も前からあるわけで、僕が考えたものではない。僕が提起したのは、それらの意味づけを変えるような理論です」(P89)。

○資本主義には反復的な構造がある。過去の歴史のなかにその反復的な構造を見出すことを通して、現在から近未来へとつづく時間の流れを見通すことが可能になる。
―「資本主義には反復的な構造があります。景気循環がそうです。恐慌・不況・好況・恐慌―。なぜこのような循環があるのかといえば、資本主義経済は、その発展において、恐慌と不況を通して、暴力的な淘汰と整理をするほかないからです。だから、この反復はいわば反復強迫的なものです」(P111)。
―「現在の事態は1929年に似ているというのは子どもでもわかるけど、その類推で考えるのは、さまざまな意味で、まちがっています。というのは、第一に、1930年代は、アメリカが没落するどころか、アメリカがイギリスに代わって、覇権を握ることがはっきりした時期だったからです。ところが、現在は、アメリカ帝国の没落期であって、これは避けられない。もちろん、大英帝国が没落期になっていよいよ帝国主義的に隆盛したようにみえるのと同じで、今後もアメリカは軍事的に帝国主義的でありつづけると思います。しかし、もはや以前のような全面的なヘゲモニーをもちえない。一帝国にとどまるでしょう。
第二に、1929年の時点では、自動車・電気製品などの耐久消費財への移行が起こりかけていた。大量生産・大量消費という時代がそこからはじまったのです。その意味では、どんなに不況が深刻であっても、まだ未来に展望があった。ケインズ主義のように、公共投資によって無理矢理に消費を起してくことができた。
しかし、今後の慢性不況にはそのような可能性がないのです。現在は、先進国で自動車・電気製品などの耐久消費財が飽和してしまった。中国やインドのような市場が頼りです。1990年以降、IT産業が新たな世界資本主義を画するキー産業として出てきました。しかし、これは人手を減らすものです。したがって、消費も減る。慢性不況は不可避的です。この場合は、ケインズ主義的な公共投資をやっても効果がない。じつは、1930年代でも、ケインズ主義的な公共政策(ニューディール)に効果はなかった。効果があったのは、軍需、つまり戦争です。アメリカが1929年以後の大不況を克服したのは、日米戦争勃発以後です。
今後の慢性不況は、むしろ、1890年代以後の慢性不況と比べてみるべきでしょう。これは1860年代以後の重工業の移行とともにはじまった。大英帝国の基盤は、繊維工業にあった。つまり、軽工業ですね。鉄鋼のような重工業には、国家的な投資が必要です。だから、株式資本による集中だけではそれはできない。ところが、ドイツや日本などでは、国家の手でこれを進めた。だから、イギリスはこの点で没落しはじめたのです。
しかし、重工業は、設備投資の割合が大きく、相対的に、労働者の雇用は繊維工業ほど多くない。結果的に、一般的利潤率の低下が生じる。慢性不況が続く。これを逃れるために、国家と資本は、海外の市場と資源を確保しようと争奪しあうようになる。それが「帝国主義戦争」です。これが世界規模で起こったのは第一次世界大戦ですが、東アジアでは、日清戦争・日露戦争がすでにそういうものでした」(P123)。

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by daiouika1967 | 2009-04-29 22:29 | 日記  

4月27日 晴

風が冷たい。寒いほどだ。陽射しは暖かく、風に吹かれて歩くのは爽快。
三省堂で釈徹宗『不干斎ハビアン ―神も仏も棄てた宗教者』(新潮選書)を買う。喫茶店で読んだ。この本は内田樹のブログで紹介されていた。山折哲雄と中沢新一が審査員を務める涙骨賞の受賞論文ということだ。
ハビアンは1565年頃の生まれ。臨済禅を修めたが、キリシタンに改宗、キリシタンの立場から仏教、儒教、道教などの教理を論駁する『妙貞問答』という書を執筆、しかしのちに尼と駆け落ちし、キリシタンであることを棄教、キリシタンの批判書『破提宇子』を記すことになる。
「神も仏も棄てた」ハビアンは、では、宗教者ではなく、宗教への浅い理解しかもたない俗世のインテリに過ぎなかったのか。釈は、そうではない、と論じている。釈は、山本七平によるハビアン評、すなわちハビアンは「日本教」を体現した宗教者だった、という論説を引き、こう書いている。
―「ハビアンにとって制度化された宗教はひとつの方法論だった、という感はいなめない。ハビアンは、時には真理を知る手立てとして、時には自分という存在を解明する手立てとして、時には生活の手立てとして、時には生きていく推進力として、時には来世のため、時には自らの宗教的欲求のため、時には生きる指針として、時には恋愛のため、時には社会正義のため、その都度精一杯宗教と向き合い、宗教を活用して生き抜いた」(P217)。
釈は、山本の論説の妥当性を一定程度認めつつ、しかし、そこで説かれる「日本教」の範囲が曖昧であることを批判している。とりわけ、「日本教」の大きな柱である、柳田国男が説いた「先祖教」の要素が、ハビアンにはほとんど認められない、と云う。そして、ハビアンの宗教的態度は、「日本教」とカテゴライズするのではなく、むしろ日本に限らず「現代人の宗教性」のある典型に近接しているようだ、と論を進めている。
「現代人の宗教性のある典型」とはどんなものか。それは、「自分をキープしたまま、各宗教を活用する」「自らのチ的好奇心を満たしてくれる宗教情報を活用する」といったものである。これは現代のスピリチュアルムーブメントに共通する態度であると、釈は云う。「宗教ではなくメタ宗教」「宗教の個人化」「道具箱型」「無地域性」「無境界性」「諸科学理論を援用」といった特徴が挙げられるスピリチュアルムーブメント。「ただ」、と釈は付言する―「仏道を歩む者として語るならば、宗教には「自分というもの」がボキッと折れるプロセスを経過しなければ見えてこない領域がある」。……
さて、ハビアンの生きた「宗教的地平」とは、けっきょく、どういったものだったのか。釈は、本書の締めにこう綴っている。
-「ハビアンは、おのれの人生すべてを諸宗教と向き合うことについやした。そしてそれこそがハビアンの宗教性の発揮だったのである。ハビアンの生涯そのものが「比較宗教論」として成立すると言えるのかもしれない。比較という営為の中にこそハビアンのリアルな宗教体験はあった。だからこそハビアンは、「我々だけが正しい」「我々だけが知っている」「すでに絶対の真理は提示されている」という宗教のワナに気づき、敢然と立ち向かったのである。(中略)
孤独と苦悩を抱えたまま、自らの宗教性と向き合い続ける、それが「野人」である。ハビアンは最後に野人という立ち位置に身を置いた。仏教、儒教、新道、キリスト教、それら宗教に育まれた宗教性を抱いて、ひとり裸で生き、死に切る、それこそがハビアンが見た宗教の地平である」(P247)。


そういえば今日は黒沢清監督『トウキョウソナタ』のDVDの発売日だったな、とタワーレコードへ。『トウキョウソナタ』のDVDと、ついでに土屋アンナ『ヌーディー・ショウ!』(DVD付)を買う。
次いで、紀伊国屋書店へ。サミュエル・フラー監督『ショック集団』、アベル・フェラーラ監督『スネーク・アイズ』がどちらも3000円で発売されているのを発見し、これも買う。
大須までぶらぶら歩き、ノムラ書店で、丸山静『熊野考』(せりか書房)を見つける。先週読んだ植島啓司『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』(集英社新書)に多く引用されていた本だ。即買。谷川健一『青銅の神の足跡』(小学館ライブラリー)も見つけ、これも買う。
名駅まで歩き、中古CDショップ69で、最近発売された小坂忠『コネクテッド』の初回限定盤(DVD付)とワールドスタンダード『花音(カノン)』がもう落ちていた。即買。1988年、チコーネ・ユース名義でリリースされたソニック・ユース『ザ・ホワイティ・アルバム』も買う。
今日は、いい買い物ができた。

夜、妻がDVDを借りに行きたいというので、いっしょにゲオへ。何枚か借りてきて、夜、三谷幸喜監督『マジック・アワー』、大杉漣主演『ネコナデ』を観る。
『マジック・アワー』、なんだかアンジャッシュのネタみたいな話で、どうってことないといえばまったくどうってことのない映画だったのだが、ところどころツボにはまり笑えた。三谷幸喜のベタなコメディセンスはけっこう好きで、女優との対談本を読んでいても、思わず顔がにやけてしまうことがある。
『ネコナデ』は、これもどうってことのない映画だったが、子猫が可愛かったんでまあいいや。
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by daiouika1967 | 2009-04-28 17:41 | 日記  

4月26日 曇のち晴

風が冷たい。空を見上げると雲がすごい速さで流れている。
今日は祖父の本命命日、たまたま日曜、ということで、親戚が実家に集まった(全員合わせても2家族8人だけ)。坊主の読経を聞いてから、みんなでキャッスルの中華屋へ向かい、昼飯を食った。フカヒレコース。メインの皿はフカヒレの姿煮。小さなフカヒレだったが、ひとり七千円ではこんなものか。味は美味しく、満足した。
喫茶室でコーヒーを飲んで、名駅で別れた。妻はあまり寝ていないようで、家に帰ってすぐ、3時間くらい夕寝してしまった。おれも、寝不足気味。テレビを眺めてぼんやり過ごす。
夕飯は、8時過ぎ、素麺で済まし、テレビを眺めながら、おれは9時過ぎにはもうソファーでうつらうつらしていた。
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by daiouika1967 | 2009-04-28 08:08 | 日記  

4月25日 雨

終日雨。終日睡魔に襲われる。心身鈍重。
三省堂の新書棚で鈴木英生という人の『新左翼とロスジェネ』(集英社新書)というタイトルが目に留まり、目次を見ると、新左翼の運動と、現在のいわゆる「ロスジェネ」世代の「左翼的運動」、ざっくりとその流れをおさらいしてある本のようだった。今日は頭も働かないし、何かそれほど頭を使わずに読める読み物が欲しかったので、買うことにする。
地下の喫茶店はどこも湿気っぽく、混んでいる。傘をさして外に出て、名駅の地下街から5分くらい歩いたところにあるドトールに行くと、予想通り、店はガラガラだった。コーヒーとホットドッグを食べながら、さっき買った新書をサラサラ読む。途中、睡魔に身をゆだね、15分くらい仮眠をとった。
新左翼も、現在のロスジェネ世代の問題も、社会的な構造を変革しようという運動であるとともに、その運動の動機として、当人の「実存的」な問題が混入していることで共通している(もちろん「運動」とは多かれ少なかれそうしたものだろうが)。
吉本隆明は、たとえば派遣村などの現象に見られる今の「貧困問題」についてどう思うか、という質問に対し、いや、「貧困問題」というが、戦後すぐの一時期のように、本当に食えないという状況になっているとは思わないと答えている。ここで云われているのは、戦後すぐの一時期は、「飢えをどう解消するか」ということが中心の問題になり得たが、今の「貧困問題」の中心は「飢えの解消」というところにはない、ということのように思う。だからダメだ、と吉本は云っているのではない。だから、問題の解消が困難なのだ、と云っている(ように思う)。それでは、そもそも、そこでは「何が」問題になっているのだろうか。
鈴木英生は、新左翼の源流のひとつブントについて、西部邁の回想録を引きつつ、こう書いている。
-「革命を目指す組織には、革命のための理論が必要というのが、それまでの常識だ。大学生中心のブントは、独自の理論家を擁しているわけもなく、既存の哲学者や経済学者の議論、あるいはスターリンと対立したトロツキーの革命論に頼った。だが、西部によれば「ほとんどなんものをも信じていないという点で、ブントほど愚かしくも傲慢な組織は他に例がない」。西部が語るブントは、「自分の虚妄(注:掲げている理念や理論の空虚さだろう)については鋭敏」、つまり覚めていた。にもかかわらず、「明るく頑固に自己を肯定しようとしていた」、つまり虚妄をそれとして押し通したのがブントだ。八十年代に流行った言葉を使えば、「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」のがブント流だったとでもいえようか。」
「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」というのは、浅田彰の書きつけた言葉で、そんなふうに「人生」をカモフラージュして生きる様が、当時のおれにはとてもかっこよく映った(いまでも、おれは、そんなふうに「人生」に対峙している)。
ブントに始まって全共闘へと継承される新左翼、そのブントにも立ち会った柄谷行人、『批評空間』や「NAMの運動」で柄谷と「共闘」した浅田彰を経て、ロスジェネへと流れる、「左翼的心性」。「実存的」な。……
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by daiouika1967 | 2009-04-27 10:17 | 日記  

4月24日 晴

8時起床。最近は毎日、決まった時間に目が覚める。朝昼兼用の食事に卵かけご飯、納豆、梅干、サラダ、インスタント味噌汁。これも最近の決まったメニュー。
午前中、若松孝二『時効なし』(ワイズ出版)、読了する。
午後、仕事のプレゼンを終え、先方の会社のベランダに出て、しばらく風に吹かれて過ごす。先方の担当者は煙草をふかしながら、おれはぼんやりと、夕暮れの空を眺めて、ぽつりぽつり話しながら、時間を潰した。
家に帰り、しばらくして夕飯、妻の拵えた炒飯とスープ。食後、入浴。ベランダに出て、ミニバラの鉢に水を遣りながら、しばらく涼んだ。
夜、武田百合子『富士日記』中巻(中公文庫)。昭和42年、昭和43年と読み進む。1時頃就寝。就寝時間も、最近は、ほとんど決まったように同じ時間。
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by daiouika1967 | 2009-04-25 20:52 | 日記  

4月23日 晴

昨夜、ようやく、若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を観た。凄い。凄い映画だ。映画ではまず、連合赤軍が結成されるまでの歴史的な流れが、当時の実際の映像を繋ぎ合わせて描かれる。音楽はジム・オルーク。事態の推移をおさらいするための場面であるにもかかわらず、説明的な冗長さがまったく感じられず、「映画」になっていて、おれはいつのまにか当時の、「あるいは<世界革命戦争>が実現するのかもしれない」という浮揚感を感じている自分に気づく。この映画のガイドブック(朝日新聞出版。今日早速買って読んだ)に、雨宮処凛が寄稿しているのだが、その一節がこの浮揚感を的確に表現している。-「本気で革命が起こせる。そう思った。あさま山荘に至るまでに、だ。初めてそう確信した。世界は信じられないほど激動し、「世界同時革命」はすぐそこに迫っているように見えた。うんと手を伸ばせば、届きそうなギリギリの距離に。若者たちはそうして「世界」を掴みかける。早く。早く。早く。乗り遅れてはいけないようなはやる気持ち。現実に敵は目の前にいて、「弾圧」はより激しくなっていく。そうして山にこもってからはご存知の通り、陰惨な物語が始まる」。
映画の中盤は、この「陰惨な物語」が、丁寧に、執拗に描かれることになる。その執拗な描写は、当事者たちが味わったであろう陰惨で重苦しい時間を描くのには、必要不可欠な長さなのだろう。直視に耐えない、いたたまれない場面を、それでも観続けているうちに、おれは胸元にいやな汗をびっしょりとかいていた。そして、最後、いよいよあさま山荘の場面に移行し、映画はにわかに明るい調子をとりもどす。もちろん、その明るさは、ほとんどやけっぱちの明るさのようなものでしかない。しかし、そこには、すくなくとも「自分たちはいま敵=権力に銃を向けているのだ」という解放感がある。「総括要求」という、ひたすら内に向いていたベクトルが、初めて「本当の敵」に向けられているという解放感。
若松孝二は、原田眞人監督『突入せよ!あさま山荘事件』を観て、「表現者は権力の側の視点に立ってはならない」と腹を立て、その怒りがこの映画を撮る直接の動機になった、と語っている。『実録』では、『突入せよ!』と真逆に、あさま山荘での場面を、あくまでも立てこもった人間の視点のみから描いている。放水車による放水の場面も、最後、鉄球による山荘の破壊の場面も、すべて、室内の視点が外されることはない。観ている側は、攻められるその威力をまざまざと体感することになる。
3時間10分という長大な尺が、しかしまったく長くは感じられない。むしろ、けっこう端折られてるような感じすら残った。

あさま山荘事件がテレビで実況放映されたのは、1972年2月。おれは1967年4月の生まれだから、当時はまだ4歳。リアルタイムの記憶はまったくない。おれにとってあさま山荘事件は同時代の事件ではなく、最初から「歴史的な事件」でしかなかった。ホロコーストやベトナム戦争といった「現代史」に同列に並んだ一場面でしかなかったわけだ。
ただ、おれは笠井潔という、この事件を自らの思想的課題として真っ向から取り組んだ作家に、一時期どっぷりと傾倒したことがあり、たとえば『テロルの現象学』といった評論や、ミステリの形をとった「矢吹駆シリーズ」を読むことを通して、あさま山荘事件がはらむ思想的な課題を自らに引きつけて受け取り得たのだった。笠井は、新左翼の運動にかぎらず、いわゆる革命運動というものが必然的にはらんでしまう「陥穽」を論じ、しかしそれでもやはりその運動のなかに見いだされる「可能性」を論じていた。その論考は、「観念」という概念を用い、「観念」は“転倒”して人を縛りもするし、“集合”することで人を祝祭的な場へ開いていく可能性も持っている、という構成がとられている(この“集合”というのは、笠井の論を読んでいないと分かりにくい言葉かもしれない。“集合観念”とは、バタイユのいう“非知の知”というのに近い、複数の矛盾した観念が矛盾したまま集合したある沸騰状態を表す言葉のように思う)。
笠井は、あさま山荘事件を、指導者であった森や永田の人間的な未熟さから起こったものだとするような、事件を個別・特殊なものだとする論点を退け(笠井は、栗本慎一郎との対話で、栗本が「遠山が殺されたのはようするに永田がブスだったからでしょ」と言うのに対し、「いや、それもあるでしょうが、でもすべてのブスが永田になるわけではない(笑)」と答えている)、それはすべての「運動」に起こりうる必然的な陥穽なのだと論証している。しかし、それは、「だから革命運動などには意味がない」という結論を導くためではなく、「それでも革命運動が肯定されるとするならどんなポイントにおいてなのか」を探求するために論じられている。笠井による“いったんの”結論は、革命運動は、「よりよき社会を創出する」という理念においては必ず敗北し、しかしそこに一瞬祝祭的な場を創造するということにおいて肯定されるべきものである、ということになるだろうか。

今日は、「熱冷めやらず」で、ジュンク堂でガイドブック、若松孝二のインタビュー『時効なし』(ワイズ出版)を買い、喫茶店でガイドブックに一通り目を通し、『時効なし』を100ページ読んだ。さらに、ぶらっと立ち寄ったサウンドベイで、ジム・オルークによる『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』サウンドトラックが中古で落ちているのを発見、即購入した。
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by daiouika1967 | 2009-04-24 10:48 | 日記  

4月9日 晴

地下街に入ると冷房がかかっている。街を歩いていると暑さを感じるようになった。
午後、若島正『乱視読者の新冒険』(新潮社)を読む。253ページまで読み進んだ。花粉症がひどくて、鼻をかむのが忙しい。頭もぼーっとする。辛いのを抑えて読んでいるうちに、不快な症状はそのままだったけれど、読書に気が紛れて苦痛が麻痺していった。
四時過ぎに家に戻る。今日は坂本龍一のピアノコンサートの日。妻が準備するのを待って、JRで会場の多治見文化会館へ向かう。
6時開場、7時開演。ライトが落とされ、会場が白檀の香の香りに包まれる。水が流れるような音が聞こえてくる。『out of noise』でサンプリングされていた、北極でフィールド録音したという音響。闇の中、教授のピアノの音が、北極の音にかぶさって響き始める。
一曲目が終わると、ステージがライトアップされ、『out of noise』から、今度は「ひばり」が演奏される。「ひばり」が終わり、初めて教授のMC。「どうですか?、催眠効果がありますか?」会場に笑いが広がる。「いや、これ(「ひばり」)、演ってる方にも催眠効果があるんですよ。」
『out of noise』からの数曲が終わり、「さて」と教授。「じつは構成が決まってるのはここまでなんですよね。ぼくは飽きっぽいんで、今回みたいに長い講演だと、構成を決めておくと飽きちゃうんです。ま、演ってるうちに、自ずとテーマが浮かんでくる、というようなこともあって……。」そして、次の演目は「perspective」。
おれは、花粉症で鼻は始終ムズムズ、頭はぼおっと霞がかかったようで、けっしていいコンディションではなかったのだが、それでも教授の生演奏に立ち会っているということだけで、もう感無量だった。30年来のファンというのはそういうものである。
2時間のコンサートが終わり、普段は書かないのだが、今日はアンケートも書いた。
―「「ひばり」、すごく好きです。清々しくて。『out of noise』は毎日聴いています。更新されているかのように、日々新鮮に聞こえるのが不思議です。今日は生で聞けて良かったです。30年来のファンなので、もちろん過去の楽曲も、いちいち感動しました。」
CD2枚が付いているコンサートパンフレットを五千円出して買った。
昼は暑かったが、夜になると、寒くなっていた。JRの窓から、ちょうど満月が見えた。
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by daiouika1967 | 2009-04-10 19:43 | 日記  

4月8日 晴

42歳になった。42歳。アダルトな響きである。もはやまったき中高年という感じがする。その“感じ”にチューニングすれば“年相応”な内面が俄かに形成される。誰かに「そこのお若いの」と話しかけてみようか。まだちょっと早いか。
午後、松本健一が聞き手になった埴谷雄高のインタビュー『埴谷雄高は最後にこう語った』(毎日新聞社)を読む。埴谷雄高にとって、小説を書くとは、“存在の革命を妄想する”、ということだった。人間が人間であることを超える、生物が生物であることを超える―そもそも不可能な欲望でしかないが、しかしそのことを妄想し、小説に書くことはできる、小説に書き残しておけば、いずれ別の宇宙で、それは“実現”されるかもしれない、そう埴谷は語る。そして、「妄想にひとたびひたったら、そのままそこに住みついて、生活も現実も問題にならない」(P231)という埴谷は、留置場は三度の飯が出てきて後は本を読んでいればいいのだからとても居心地がよかった、と言う。「ぼくは子供のときから、「どうでもいい」というのが口癖なんです。いまだにそうなんですね。女房が、「今晩、何食べますか?」と聞くと、「何でもいい」と答える。だから、母も、「この子は何て子だろう」と言うぐらい、何でもどうでもいいんです。食べ物に文句を言ったことなどまったくない。ただうまければ食うだけ、まずければ食わないだけです。この、「どうでもいい」という口癖が、いかに生活と乖離しているかということですね」(P230)。この現実との“乖離”感は、おれにも馴染みの深い感覚である。おれにとっても留置場は居心地のいい場所になるだろう。
次いで、松浦寿輝『クロニクル』(東京大学出版会)を読む。前半は2003年7月から2006年7月までの文芸時評、後半は読書を通じた著者のポートレイト。120ページ読み進む。
帰宅すると、妻が、散らし寿司と蟹の押し寿司、サラダ、惣菜、それとケーキを用意してくれていた。誕生祝いである。どれも、美味しかった。
夜は、DVDで映画を二本観る。一本目は『シャッター』。ハリウッド製ジャパニーズホラー。ホラーを観て、怖いとはもはや感じないのだが、禍々しい気分にはなる。その禍々しさの感覚を招来したくて観ているわけだが、この作品は合格、観終えてしばらくは厭な気持ちがまとわりついてきた。
二本目は『闇の子供たち』。舞台はタイ。貧しさから、親が子供を売り、子供は非合法な売春に従事させられ、エイズに罹れば生きたままゴミ袋に詰められ捨てられる。臓器売買の“生贄”になる子供までが存在する。その非合法な臓器売買を追う新聞記者を江口洋介が演じる。江口洋介と行動を共にするカメラマンに妻夫木聡、NGOで働く女の子に宮崎あおい。監督は阪本順治。こうしたいわゆる“センセーショナル”な題材を扱った映画は、ともすれば表現が図式的になって、物語の表面をなぞっていくだけの薄っぺらい作品になりがちなように思う。センセーショナルな題材を、ドラマチックに盛り上げようとして、上滑りしてしまうのである。この映画はまさにそんな感じで、観ていて迫ってくるものは何もなかった。宮崎あおいの演じたNGOの女も、人物造形が独善的でヒステリックな女という域をまったく出ていないせいで、熱演すればするほどただのバカにしか見えなかった。残念な映画だった。
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by daiouika1967 | 2009-04-09 10:32 | 日記  

4月7日 晴

K君の事務所まで、歩いていく。家から上前津まで、ちょうど一時間、歩数にすると7千歩くらいになる。
奥さんのYちゃんに妊娠祝いのマタニティグッズを渡し(妻チョイス)、代わりに内祝いの空気清浄機をもらう。終日仕事。
帰りもまた徒歩、一時間、7千歩。6時半頃家に着くと、妻がこれからスーパーに行くという。鍋をやろうと牛肉を解凍したのだが、それ以外の具材が足りないのだそうだ。カバンを置いて、ジャージに着替え、いっしょにスーパーに行った。家に帰って、万歩計を見たら、1万7千歩歩いていた。
夕食は鍋。牛肉はネットで買った赤身の切り落としなのだが、これがじつに美味い。サントリーから新発売された「ほろよい」という缶チュウハイも美味しい。鍋の〆は、牛肉エキスがたっぷりの残り汁にごはんを入れて雑炊。美味い、美味い。
満腹でほろよい。椅子に座るのもしんどかったので、ごろんと横になり、なんとなくテレビを眺めて過ごした。
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by daiouika1967 | 2009-04-08 09:29 | 日記