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4/20(水) 晴

朝。早島鏡正『ゴータマ・ブッダ』(講談社学術文庫)を読み始める。

夜。限界まで脹れ膨らんで、破裂、刺されたような激痛、のごとき絶頂。呻き声。事後は空っぽ、浮き上がりそうな爽快感、晴朗な気分、甘い疲労感。
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by daiouika1967 | 2010-04-22 23:38 | 日記  

4/19(火) 雨

マーケッターといえば聞こえはいいが、しかし販促などはそもそも堅気の仕事ではない。コピーひとつ書くのにも、読む人をうまく唆す、といって悪ければ、“誘惑する”機微を心得ていないといけない。優等生には、この人誑しの機微がぴんとこない。色恋沙汰でも、賭事でも、文学でも、何でもいい。虚実のあわいに身を持ち崩すような悪い遊びを通してしか、その人誑しの機微は得とくできないのである。
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by daiouika1967 | 2010-04-21 22:46 | 日記  

4/18(月) 晴

先週辺りからダイエットをしている。誕生日をすぎて、空気がぬるんでくると、毎年たいていダイエットを始める。冬のあいだに蓄えられた贅肉を落としたい、と生理的な欲求が起こるのかもしれない。
おれのダイエット方法はごくシンプルである。食べる量を減らす、特に炭水化物を減らす、それだけだ。それで覿面に効果がある。
ダイエット中は、つねに空腹で、だから何を食っても美味しい。食事が日々の楽しみになる。毎日美味しいものを食べられる、という快楽が、ダイエットを持続する強い動機づけになる。
炭水化物をあまり摂らず、ひじきやがんもやきのこのようなものばかり食べているせいか、うんこがもりもり出る。一日食べたものが、翌日にはすべてきれいに排泄されるような感じがして、身が軽くなったような心地がする。
ただ、血糖値が下がるせいか、唐突に強烈な眠気に襲われたり、歩いているとき徐々に歩行速度が落ちていったり、パソコンの画面に向かってフリーズしてしまったりすることがある。そんなときは、飴かガムを口に入れると、とりあえず体機能が回復する。その回復も一気にわかりやすく回復するので、なかなかその体感がおもしろい。
夜遅く食べるのはよくない、ということで、ダイエットを始めてからは、妻に夜食べるための弁当を拵えてもらっている。具沢山のひじきは作り置きしておいて毎日、それにきのこや肉の炒め物とサラダ、あとはインスタントのしじみの味噌汁なんかがつく。
おれのダイエットの主目的は痩身ではなく、体を整えることにある。だが、贅肉が落ちてルックスがシュッとするのは、それはそれでナルチズムが満たされる。
さて、いつまでつづけて、何キロ落ちるだろうか。スタート時は74.5kg。数値目標を自分に課す等ということをする気はないので、過程が楽しいと思える限界まで続けるだけである。

『考える人 2010年春号』は、「はじめて読む聖書」特集。執筆陣がよかったので、購入して読んだ(いつも雑誌は図書館で読みたい記事だけを読むのだが)。田川建三、内田樹、池澤夏樹、秋吉輝雄、吉本隆明、橋本治らへの長目のインタビュー。コメントの人選も、いちいち名前を羅列するのはめんどうなのでやめておくが、とても充実している。
田川建三が、イエスの言動には、当時にしては「神」ということばが極端に少ない、と語っていた。何か目から鱗の指摘だった。彼の新約聖書をめぐる著作を読んでみたくなった。
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by daiouika1967 | 2010-04-20 22:34 | 日記  

4/17(日) 晴

そういえば今日は四日市に行くことになっていた。例によって目的地は知らされていない、と思いきや、書いている今思い出した、そういや今回は聞いてました。一ヶ月ほど前、メールで「箱鞄作りに行こう」ともちかけられていたのだった。
箱鞄?なんじゃそりゃ?と思いつつ、何か工作みたいなもんだろうなと、「いいよ」と返事をしていた。だから聞いていたには違いないのだが、詳細は分からないまま、箱鞄が何なのかということも、どこでその工作のようなことをするのかも、何も分からないまま、妻に連れられて、気づくと近鉄四日市のパッセ内にある文化センターにいたのだった。

箱鞄とは、厚紙を組み合わせて作る、箱状の鞄である。そのまんまだ。
講師は、妻のブログによく訪れる人らしいが、直接の面識はないのだそうだ。
生徒のおばちゃんたちに混じって、妻と二人、工作にいそしんだ。昼過ぎまで二時間ほどかけて、拵える。おれは、ところどころ妻の援助を受けつつだが、なかなか上手にできた。

なんだかやたらめったら眠たい。妻も睡魔に襲われているようだった。箱鞄づくりはじつはかなり消耗する作業なのだろうか。ふたりで「眠いねえええ、眠いねえええ」と言い合いながら、たらたら歩いて家に帰りついた。

午後は夕方から夜まで、ずっとテレビを眺めてぼーっと過ごした。
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by daiouika1967 | 2010-04-20 21:46 | 日記  

4/16(土) 晴

朝、ふらっと喫茶店に行き、福田和也『東京の流儀』(光文社)のページをめくる。
帯の抜粋―≪散歩っていうのは逃避なんだ。でもねえ、逃げるって楽しい≫―に誘われて、今日はわかりやすく有用なモノゴトから逃避し、ただ遠い記憶に浸るような無為の時間を過ごすことに決める。

喫茶店を二件はしごして、一冊を読み了え、昼食には、地下街にある定食屋を使った。日替わり定食。ハムカツ、ホタテフライ、キャベツの千切り、ポテトサラダ、アサリの味噌汁、漬物。幸せ。

食後、3件目の喫茶店に入り、岡田暁生『音楽の聴き方 ―聴く型と趣味を語る言葉』(中公新書)を読む。
音楽を聴く、とは、ある動きを感受する、ということだ。自らの身体で、その運動を再現することで、そこに未知の情動を発見するということである。音楽の醍醐味は、その未知の情動を通して、そこに意味=他者が現前するのに遭遇することにある。
≪「美しくて、人を癒し、快適な気分にさせ、あるいは感動させ、勇気づけるもの」だけが音楽だという固定観念を捨てる。古代遺跡を見るときのように、「分からない」というミステリーに楽しみを見出す聴き方もある。前衛音楽の多くのように、美しさをあえて拒絶し、真実の認識たらんとする音楽もある。≫

一冊を読み了え、午後は野暮用をひとつ済ませる。夕暮れ、公園でブランコで遊ぶ子供が逆光に溶けている情景を眺めつつ、ベンチに座り、聴いている音楽は高橋悠治が弾くフェデリコ・モンポウ。ふと、子供の頃の退屈がよみがえり、ふわっと全身を包まれた。
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by daiouika1967 | 2010-04-19 23:30 | 日記  

4/15(金) 曇

夜、K氏と会う。K氏は生活破綻者だが、趣味が合って、教養の偏り方が似ていて、話が合う。そんな相手は滅多にいないので、たまに用事もなく飯を食いに行く。用事もなく会いたくなる友達は、もうほとんどいない。K氏とサイコパスSのふたりくらいだ。
チキンカツを食べながら、焼酎を飲んだ。
K氏と飲んでいるといつも、彼のペースにつられて、おれも普段より多量の酒を飲んでしまう。K氏は酒を水のようにガブガブ飲み、ある量まで進むと唐突に酔っ払う。それまでは楽しいのだが、酔っ払うと正体を失って話が通じなくなるので、もういっしょにいてもつまらなくなる。K氏は朝までやっているような外国人パブに行きたがるのだが、おれは付き合う気にならず、ごねるのを宥めつつ繁華街の外れまで歩き、タクシーを止めてK氏を押し込める。おれは、酔いを醒ますために、歩いて帰った。

ベッドのなかで、沖田×華『ニトロちゃん』(光文社)を読む。
「発達障害」だった著者自身の子供時代を題材にした漫画で、帯の推薦文をゲッツ板谷が書いている―≪様々な、“見えない障害”をかかえ、小学生の時から遺書をしたためていた沖田。ボキは何度も吹き出しながら、やっぱし最後の方は号泣してました。≫
すこし前に山下成司『発達障害 境界に立つ若者たち』(平凡社)を読んだ。
おれは“発達障害”の子供を持っているわけではないし、教育者でもなく、それでも彼らに対しどこか切実な興味を覚えるのは、もしかすると彼らの在りようにおれ自身を重ね合わせているところがあるのだろうか、とも思う。
「周囲の人が簡単に分かることが自分には分からない」という感覚は、おれ自身馴染みの強い感覚ではないか。「周囲の人が自明のこととして納得していることが自分にはいつまでも腑に落ちない」―その疎外感、寄る辺なさ。
ニトロちゃんが“見えない壁”を相手に一生懸命ジタバタするのを読みつつ、おれも「何度も吹き出しつつ、やっぱし最後の方は号泣」、はしないけれど、とめどなく悲しい気分になった。
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by daiouika1967 | 2010-04-19 22:47 | 日記  

4/14(木) 曇

昔、イッセー尾形の一人芝居で、「取引先に謝罪に来た男」を描いた一幕があった。舞台は、とある会社の受付。ひとりの男が受付嬢を相手に軽口を叩いている。男は誰かを待っているようだ。受付の前を誰かが通りがかる。男の知り合いらしいが、待人ではないようだ。男は馴れ馴れしい口調で冗談口を叩く。そのやりとりから、男は取引先の会社に何か大きな迷惑をかけそれを謝りに来ているのだ、と察せられる。
それにしても、と観客は違和感を感じることになる。謝りに来ているにしては男のノリは軽すぎやしないか。冗談口叩いてる場合じゃないだろう。男は謝り慣れているのだろうか。あるいはそうなのかもしれない。男にとって謝罪するなんてのは、日常的なお仕事の一環でしかないのかもしれない。
さて、いよいよその迷惑をかけた当の担当者がやってきた。男の顔つきが変わる。道化た動きと表情で宥めて取り入ろうとしたり、それが通じないとなると一転、真剣な面持ちで泣きを入れ、さらに大仰な身振りで土下座してみたり、とにかく何の臆面もなく相手に媚びへつらい、ついには相手も半ば呆れてのことだろう、男の謝罪を受け入れざるを得なくなる。
ありがとうございますっ、と頭を下げ、その担当者が去っていくのを冷めた眼差しで見送る男。最後、男が受付嬢に性懲りもなく軽口を叩いたところで、舞台の幕が下りる。
芝居の記憶が正確かどうかはわからないが、この男の徹底して割り切った、ほとんど分裂症的な、いっそ清清しいほどの道化ぶり、軽薄さを、おれは渡世上のひとつの有効なモデルとみなし、ときにそのモデルを演じることで、きわきわの状況を乗り切ってきたように思う。最近は狡猾な中年男の風貌になってきて、ますます軽薄=冷酷な態度が板についてきた。

喫茶店で、荒木経惟『すべての女は美しい』(だいわ文庫)を読む。―≪いいなって感じる女のエロスってのは、やっぱり持って生まれたものがあるね。女としての精神も肉体もいちばん柔軟な、五歳から七歳くらいまでに育まれるんじゃない?だから、ハイティーンになって、男といっぱいやりまくったって、いい女にならないんだよ≫―なるほど、だから、アラーキーの撮る少女はあんなに女っぽいんだな。それに、たしかに、この時期に、彩り豊かな人間関係に恵まれた女の子って、造作の良し悪しに関わらず、関係が近くなるとふくよかなエロスを発散する「いい女」なんだよね、とさまざま目から鱗。
アラーキーの写真を見たり文章を読むと、その直後しばらく、女の子を見る眼がアラーキーの影響を受ける。表面的な美人、不細工とは違う基準で、その子が発散するエロスの強さで、いい女かどうかを感知できるようになる。その辺りにいる女の子に、唐突な磁力を感じて、なにか物語の始まりを妄想したり……魔にさされやすくなる。
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by daiouika1967 | 2010-04-17 00:25 | 日記  

4/13(水) 晴

忙しい一日。なぜこうも忙しいのか。はったりかましてステージに上がり、周りの気配を察しながらアドリブでしのぎ、時間外でなんとかつじつまを合わせる、そんなありさまだからこうも忙しくなる。前のめりに慣れて、“速さで息をする(@エゴラッピン)”日常、擦り切れないようにポーカーフェイスを保つ。

夜、帰宅して、買ったまま観ていなかったDVD―細野晴臣&東京シャイネスのライブ映像を流して、ホットカーペットの上でごろんと横たわった。隣に妻も寝転んで、後ろから抱いてという。後ろから抱いて、体温で眠たくなり、うつらうつらと細野さんの歌を聴く。低音が心地いい。高田漣のスティールギターに、魂が中空に浮き上がりそうになる。暗闇に白い照明でバンドもまた宙に浮かんでいるようだ。極上の時間。

DVDが終わり、寝入った妻と離れ、酔い覚めのように眠れなくなる。ひとりベッドに移動し、坂本龍一のピアノを小さな音でかけ、目を瞑ってずっと聴いた。いつのまにか眠っていた。
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by daiouika1967 | 2010-04-15 22:01 | 日記  

4/12(火) 曇

忙しい一日。と、一言書いて1分、……何も書くことがない。いや、何があったかは記憶しているのだが、特に書き記すことは何もないような気がする。
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by daiouika1967 | 2010-04-14 22:14 | 日記  

4/12(月) 雨

朝から雨。朝、8時に家を出て、いつもの喫茶店に向かう。
長島有『エロマンガ島の三人』(enter brain)から、表題作「エロマンガ島の三人」を読む。小説の書き出しは、―「プロペラの回り始めは、羽がみえる。回るとみえなくなる。丸いフィルターになって、向こうの景色をかすませる」と、飛行機のプロペラの描写で始まる。
長島有は、景色、事物、事件の「切り出し方」が、とても上手い作家だ。この冒頭の数行を読んだだけで、「小さな島に向かう小さな飛行機に乗り込む場面」が、「空港の空気感」をともなって立ち上がってくる。

一篇読み切り、会社に向かう。雨が鬱陶しい。

仕事を終え、今日は新入社員の歓迎会があり、近くの焼肉屋に行った。外来語をしゃべると罰ゲームで酒を飲まなければならない、というゲームに付き合わされ、普段より多量の酒を飲むはめになる。焼酎だったので、悪酔いはしなかった。10時半に終わり、みんなはその後二次会に行ったようだが、おれはいつもどおり、一次会でドロンする。帰路は徒歩。雨が鬱陶しい。
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by daiouika1967 | 2010-04-13 22:41 | 日記