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7月14日 雨、強弱

会社では21歳のシングルマザーが持ってくるCD、“じゃぱにーずれげえ”が終日ループしており、「一生お前を大事にするぜ」だの「おれは父親をリスペクトするぜ」だの、酩酊したおっさんが拙劣な紋切り型で安い女を口説いているかのような、小ベンツに乗った先輩が歯の溶けたスカスカの青少年に人生を説いているかのような、突っ張ったようでその実世間に媚びているだけの耳につく説教節が鬱陶しく鳴り響き、まあそれでも普段はおれの聴覚にはゴミ情報遮断機能が機能しているのでどうということもないのだが、今日はウェブサイトのディレクションの仕事が長引いて、これがなかなか終わらない。やってもやっても終わらない。整理しても整理しても散らかっている。まさに無間地獄に迷い込んだような心地で終わらない作業をひたすら消化していたのだが、その無間地獄の不毛感に“じゃぱにーずれげえ”の単調なリズム、凡庸な説教節が奇妙に同期しているのだった。

帰路に就く頃には、死んで生臭くなった魚のような濁った目で、漠然とした殺意、ソフトな破壊衝動を身に覚えつつ、相対性理論を聴くことでようやくダークな衝動を宥めて、そういえば今日はちょっと風が涼しいなということに思い至る。
激しいにわか雨が通り過ぎたのである。

家に帰ると、妻が、「さっき玄関でガチャガチャ鍵開けるような音がしたんでMかと思ったんだけど。なかなか入ってこないなあ、と思ってたら、冷蔵庫が開いて閉まる音がしたんだよね。それがちょうどMが玄関から入って、冷蔵庫に歩いてくくらいの時間で、バタンって。猫も耳そばだててから、気のせいとかじゃないと思うんだけど。なんか気味悪いね」と言う。
「そうだねえ。気味悪いね」と答える。
「ねえ、なんだか変な匂いしない?」と妻。
「そういえばちょっと。何の匂いだろ?」とおれ。
薄い死臭だよ、これ」
「ああ、そういえばそうかも」
「気味悪いね」
「うん、なんか気味悪いね」
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by daiouika1967 | 2010-07-15 00:46 | 日記  

7月13日 終日弱い雨

目を瞑るとそのまままた意識が混濁していくのだが、そのまま気持ちのいい眠りに落ちていくような心地ではなく、不快、朝から疲れている。なかなか起きられないでいると、妻が隣に寝転んでコンデジで撮った猫二匹が絡み合う写真を順次見せてくれた。おれの目を覚まそうとしてるのだろうが、べつに眠気が醒めないわけではなく、疲れが凝って意識の焦点が合わないだけなのである。しかし、せっかくの思いやりなので、目が覚めてきたことにして、起床。朝食にヨーグルトをかけたキウイ、バナナ。

8時には家を出て、いつもの喫茶店で吉永良正『ひらめきはどこから来るのか』(草思社)を読み継ぐ。読了。
≪考える力は本来、サブルーティン化や階層化による思考の短縮や、真偽の弁別に対する直観の洗練化をもたらすものだ。それが精神の弁証法であろう。ところがこの弁証法がうまく働かなくなると、質的な発展が阻害されて量的な強度のみを強いられることになる。うつ病者のルーティンワーク的な「ぐるぐる思考」や、精神病者の歯止めを失った妄想の自己増殖は、まさにそうした純粋な強度の独演劇ともいえる。≫
≪うつ病者の病前性格をみると、単極性(うつのみが現れるタイプ)では「几帳面、秩序を重んじる、ていねい、人に気をつかう」という特徴があり、双極性(うつと躁が交代するタイプ)では「活動的、ひょうきん、社交的、世話好き」などの傾向が強い。どちらにしても社会生活への適応のために形成された性格だが、慢性的ストレスにさらされると几帳面や活動的というパターンに「行き過ぎ」が生じ、そのために疲れてしまってうつ病を発症すると考えられる。
だが、似たような性格の人は多いのに、なぜうつ病者だけが「行き過ぎ」てしまうのか。そこでもう一歩深いレベルまで病前性格に踏み込んでみると、単極性によ双極性にせよ、うつ病者のリアルな生活感覚の基本には「柔軟性のなさ」「気持ちの切り替えに非常に時間がかかる」という特徴が見出される。それは結局のところ、「物事の重みづけができないこと(どれが重要で、どれがそうでないかを判断するのが苦手)」、「あるネガティブな感情がいつまでも残ること」の二つの問題点に根ざすことのように思われる、と氏は言う。
ここが野村氏の仮説の核心だが、「重みづけができない」「感情がいつまでも残る」といったうつ病の中心的な問題点は、「神経機能の弱点」と9でもいうべき生来性のものあろう、と氏は推測する。そしてうつ病者に特徴的な病前性格は、このような「弱点」を補うために子供のときから長年にわたって無意識のうちに形成されてきた適応パターンとして解釈される。≫


読んでいるうちに、読みながら聴いていた安藤裕子の音楽がクリアな音像になってきた。感覚の軸が整ってきたのだろう、と感じる。
それでもやはりなんとなく調子が出ない。午前、午後と、たんたんと仕事をこなしたのだが、夕方、クライアントの処に行き、仕事の打ち合わせの後、自分の経歴について、誇張した自慢めいたブラフをたらたらと垂れ流してしまった。余計な蛇足に自分自身、不毛感、消耗感を覚える。

帰り道、CDショップに寄り、相対性理論『シフォン主義』『ハイファイ新書』、ビューティフル・ハミング・バード『呼吸』を買う。
先週『シンクロニシティーン』『アワー・ミュージック』を買ってから、もうどっぷり相対性理論漬になっている。
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by daiouika1967 | 2010-07-13 23:53 | 日記  

7月12日 曇ときどき晴ときどき雨

眠りの沼に半身浸して半ば沈み半ば浮かんだような中途半端な心地で愚図愚図と朝の数十分を過ごした。懐かしいざわめきのような気配、予感のような感触の余韻を追いながら、何を考えるでもなく、曇天のように広がるノスタルジアが自動的に紡がれるに任せ、それもじょじょに薄れて、ぼんやりとした覚醒が訪れる。
寝汗で濡れたTシャツを脱いで、上半身裸になり、カーテンを引くと、外は曇り空、窓を開けると湿気を含んだ涼風が吹き込んでくる。すぐに猫二匹がベランダに出ようと近づいてくる。早起きした妻がシャワーを浴びている音が聞こえる。

朝。家を出て、ここ数日ずっと繰り返し聴いている相対性理論『シンクロニシティーン』を今日も聴きながら、いつもの喫茶店に向かう。フェノバーグのセカンドを聴きながら、アイスコーヒー。吉永良正『ひらめきはどこから来るのか』(草思社)を読み始める。
創造的なひらめきは、必ず没頭、潜伏、啓示のプロセスを経て訪れる。潜伏、すなわち無為の時間を通り抜けなければ、何にも気づくことができない。
114ページまで読み進み、会社へ向かう時間。

今日は奇妙な天気だ。午後、K君の車で出先から帰る時間、名古屋高速の上から街を見渡すと、雲の切れ間から陽がさしているところと、土砂降りに煙っているところとが、まだらに広がっていた。その晴と雨のキワに、虹が立っていた。
「お。がかかってるな」とつぶやくと、「ああ、ほんとですね」とK君が答える。おっさんふたりで虹を眺めてもロマンチックな気分にはならない。「Sちゃんが自動車買うとき、連帯保証人になったんですけど、さっそく請求が来ました」「冷帯保証人にはなるもんじゃないねえ。じゃあ飛ぶ前に心理的に脅しかけとかなきゃね」と、左側から正面に回りこむ虹を眺めながら金の話をする。

夕暮れ。8時前には退社。退社してから携帯電話が震えたので、出ると、それは感情的になった客からのクレーム電話で、歩きながらクレーム対応した。とりあえず謝り、言い訳し、取り繕い、気づくと地下街の端まで歩いていた。謝り、言い訳し、取り繕っている3分間、動揺していたようだ。電話を切り、すこし嫌な気分が後を引いていたので、とりあえず腹が減っているから気持ちのキレが悪いんだろうと、地下街にある回転寿司の店に入った。
いくら、とろ、いくら、とろ、いくら、あなご、鉄火、かんぴょうと食べ進む。アサリの赤だしで〆て、計2100円也。すっかり気分が回復した。安いものである。

湿気たっぷりの夜気に辟易しながら帰路を歩いていると、知り合いのヘルス嬢とばったり遭遇する。「今仕事帰り?」と訊くと「うんそうなんだけど」と歯切れが悪い。
「どうかした?」と訊くと「いやあ、今日客ゼロで。困ったな。携帯止まっちゃうんだよね」と顔をゆがめてみせる。
そうか、じゃ、人助けだな、と一緒に漫喫に入り、直腸に白い液体を大量に注入されてついに我慢できなくなり噴水のようにその白い液体を噴出すAVを見ながら、フェラチオ、射精、3万円必要だというのだが財布を見たら2万3千円しかなかったので、2万円渡した。
射精後、シネマチャンネルで前田日明主催の格闘イベント『アウトサイダー』を、つい見てしまい、店を出ると11時半を回っていた。
「うわあ。すごい着信。彼氏からだぁ」と青ざめているヘルス嬢に別れを告げ、家に帰って、今。
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by daiouika1967 | 2010-07-13 00:28 | 日記