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10月15日

午前中、喫茶店でブレンドを飲みながら、バリー・ユアグロー『真夜中のギャングたち』(柴田元幸訳 モンキーブックス)を読み始める。ギャング映画の一場面のような掌編が並ぶ。
いい映画はワンカットですでにいい(逆にいえば、駄作は数カット見れば、もう判断がつく)。いい映画は3分も見れば十分「もうひとつ別の現実」に連れて行ってくれる。
午後<ジュンク堂>で、釈徹宗『法然親鸞一遍』(新潮新書)、町山智浩『USAカニバケツ -超大国の三面記事的真実』(ちくま文庫)、武田知弘『ヒトラーとケインズ -いかに大恐慌を克服するか』(詳伝社新書)を買う。
サウナに行き、仮眠室で2時間ほどうつらうつらする。ビュッフェでチャンポン麺と餃子を食べ、さっき買った『ヒトラーとケインズ』を読み始める。
夕方、4時過ぎに妻と待ち合わせ、観劇。名鉄ホールへ。東宝セレソンDX『わらいのまち』を観る。キャストは宅間孝行、片桐仁、岡田義徳、柴田理恵、田畑智子、他。地方の町おこしを題材にしたシチュエーションコメディだ。尖がったところのない、誰もが楽しめるといった作品で、おれも妻も十分に楽しんだ。ああ、笑ったねえ、といい感じの余韻が残る。
帰りにエスカの蕎麦屋により、天せいろを食べる。駅の本屋に寄り、新日本プロレスのDVDブックを買って帰る。
夜。テレビを眺めているうちにいつのまにか眠っていた。目覚めると、妻はもう寝室に移動して、猫たちも追い出され(夜はいつも、猫たちは居間に入れないようにドアを閉められる)、居間にはおれひとり残っていた。目が覚めてしまったので、新日本プロレスのDVDを見る。猪木VSホーガン、猪木VS前田、タイガーマスクVSダイナマイト・キッド、ハンセンVSアンドレの4試合。1981年~83年頃にかけての試合で、おれはすべてリアルタイムで見て、強い印象が残っていた試合である。見返してみると、やはりもう、当時のようにのめりこんでは見られない。さすがに退屈することはないが、このDVDブック、2巻目以降も買うかどうかは微妙なところだ。
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by daiouika1967 | 2011-10-16 15:37 | 日記  

10月14日

4時に目が覚める。
じじいか!
長時間起きていたわりにはとりたてて何をやっていたというわけでもなく一日がつるっと過ぎた。
夜、家に帰ると、暴れん坊kuroが暴れまわっている。
kuroの鳴き声はただにゃあにゃあいうのではなく、にゃろろろろろお、なあああろおおおお、にゃろろっろろろろろ、と巻き舌も含めてヴァリエーション豊である。
にゃろっろろろっろろおおお、と鳴きながら、部屋中をかけまわり、時々sakuraに襲い掛かってフウーッと吹かれたり、pontaに襲い掛かって一撃で撃退されたりしているのだった。
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by daiouika1967 | 2011-10-15 05:54 | 日記  

10月13日

朝。起きると猫のトイレチェック。sakuraと思しき糞を片す。それから猫へ給仕。ドライフードを皿に移すそばからkuroとpontaが寄ってくる。sakuraはこの二匹が食べている間は、遠目に眺めている。彼らが食べ終わった後になって、おもむろに寄ってきて、鰹節を要求する。sakuraはドライフードに鰹節をふりかけてやらないと(よほど空腹じゃない限り)食べないのだ。kuroは食べ盛りで、今十分食べたにも関わらずsakuraのご飯を横取りしようとする。そのkuroの動きを制止しながら、sakuraがご飯を食べ終えるのを見守る。
猫たちの後は自分の番だ。ご飯をチンして、ほうれん草の味噌汁を温め、冷蔵庫から納豆とらっきょを出し、焼き海苔を皿に移す。朝食セット。天気予報を見ながら、朝食を食べる。今日はゴミの日なので、家中のゴミ箱からゴミを集める。そんなことをやっているうちに、8時10分を過ぎてしまった。10分に家を出ないと、16分のバスに間に合わない。今日は朝の喫茶店を諦め、9時過ぎに家を出ることにする。歩くと、家から事務所までちょうど50分。今日は歩いて行くことにする。

半端に余った時間で、北田暁大『<意味>への抗い―メディエーションの文化政治学』(せりか書房)を読み始める。読んでいるうちに、妻が起き出してくる。読書を中断し、とりあえずハグする。読書に戻り、60ページ読み進む。「1.観察者としての受け手」では、ロジェ・シャルチエの「読書行為論」が援用されつつ、メディアリテラシーについて考察されている。
≪①情報を「担っている」メディアが特定の歴史的状況の中で、いかなる伝達の様式を持つと社会的に認識されているのか、②「理念型としての受け手」がどのようにそのメディアの受容空間に携わり(engage in)、身体的な投企をしているのか、③そして②の携わりの様相が「属性的に」区別される受け手にどのような「解釈」を要請するのか、といった問題がある程度実定的な次元で問われなくてはならないだろう。
このように考えるなら、我々は受け手のメディアリテラシーなるものを、①②③の場合に分けて認識する必要があることとなる。①の場合のそれは、特定の歴史的文脈のなかで、あるメディアに(社会的に)託された特定の機能を遂行できるメディア機器使用能力=「伝達次元の観察者」としての技能(a)を意味するであろう。コンピュータの作動、キーボードの操作、VCRの録画操作、あるいは識字といった「ハード」を操る能力がここに含まれる。また、②の場合には、受け手は「情報/伝達―差異の観察者」として捉えられ、そこでのリテラシーとは「立ち読み」「ながら視聴」なども含む、「非-意味論的」なメディア受容空間に身体的に投企し、場の遊動性を享受する能力(b)ということになる。既述の初期映画や、現代におけるマンガの受容のあり方を考えるとき、この一見「能力」とは映らないリテラシー概念が重要な意味を持ってくる。そして③の場合であれば、メディアが伝達する情報内容を、社会的に固定された既成概念に捉われず批判的に解釈しうる「解釈能力」=解釈学的能力(c)のことを意味することとなろう。近年の批判的メディア研究の高まりのなかで、もっともとり沙汰されているのはこの解釈学的リテラシー概念であるといえる。≫


午前中から午後にかけて、4時間近くパソコンを前にしての作業に集中する。女性用美容液のウェブページ(LP)の制作指示書の作成、建設会社の営業管理シートの作成、機械製造会社のウェブコンサルレポートの作成。合間にメール、電話対応。午後からはマーケティング会社が来社してのミーティング。「CS向上を目的としたアンケートサービス」のウェブプロモーションについて2時間程打ち合わせる。
打ち合わせの間にAから着信が入っていた。Aに依頼していた仕事の件だろう。Aはいわゆる「使えない」人間だが、今回は想定以上の「使えなさ」で、よぉ、どこまで手間かけさせやがるんだ、なんて、期待値と現実のギャップについイラだってしまうが、いや、すこしでも期待する自分が悪いのだ、と思いなおす。そもそもAは、仕事で付き合う相手ではない。それをこちらの都合で付き合っているのだから、彼に少しでも期待するこちらがお門違いなのである。
5時過ぎに会社を出て、とりあえず昼飯を抜いていたので、うどん屋に寄って鴨南蛮を食べる。その後、本屋に向かう。<ジュンク堂>は座って本が読めるようにベンチが置いてあるので、そこで1時間程、ウェブの基本的な入門書を読む。おれは、ウェブを中心としたマーケティングの仕事をやりながら、技術的な領域では、ところどころ知識が曖昧なまま放置してある。それをクリアにしていくための「立ち読みタイム」である。帰りに、岡本達彦『「A4」1枚アンケートで利益を5倍にする方法』(ダイヤモンド社)を買う。

帰りも歩いて帰る。8時半頃、家に着く。夜飯はスパゲティ。ぼんやりテレビを眺めながら、10時過ぎにはうつらうつらしていた。12時にベッドに移動する。
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by daiouika1967 | 2011-10-14 05:18 | 日記  

10月12日

今日は昨日と打って変わってゆるい一日だった。こんな日も必要だ。歩きながら、菊地成孔の音楽が心地よく耳に響く。朝、原克『暮らしのテクノロジー ―20世紀ポピュラーサイエンスの神話』(大修館書店)の続きを読み継ぎ、読了する。
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by daiouika1967 | 2011-10-13 07:45 | 日記  

10月11日

6時過ぎに目覚めた。アレルギーで鼻がつまり、あまり眠れなかった。ただ、寝不足で辛いという感じはない。やるべき仕事がいくつか溜まっており、気がかりで、すこしアドレナリン過剰になっているようだ。

それでも、朝は読書。いつものオープンカフェに行き、ブレンドを飲みつつ、原克『暮らしのテクノロジー ―20世紀ポピュラーサイエンスの神話』(大修館書店)を読み始める。1時間強で半分くらい読み進む。

朝、時間割をつくって、ほぼその通りに仕事をこなす。夜9時までタイトに集中する。懸案の仕事は8割方終わった。集中を持続した後の昂揚。帰り、RUMIを聴きつつ、何かに背中を押されているように歩速もいつもの1.5倍。疲労の自覚もない。
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by daiouika1967 | 2011-10-13 07:43 | 日記  

10月10日

3連休最終日。外は晴れて、一年のうちでも数日あるかないかの最高に気持ちのいい陽気だ。今日体育の日は毎年、ここいら界隈の地域の祭りがある。子供らが獅子舞の獅子を担いで、町内を練り歩く。「元気を出して、わっしょい。わっしょい」とのコール&レスポンスな掛け声。練り歩いた後は、宿と呼ばれる家に集まると、そこで菓子袋がもらえる。おれの子供の頃から、連綿とつづいている。
午前中、部屋でぼおっとしていたら、近所の神社から、太鼓の音が聞こえてきた。妻が部屋に入って来て、「太鼓の音が聞こえる!見に行こ!」と言うので、散歩がてら、ぶらぶらと出かけた。上下ジャージの油断しきった格好のまま、神社に向かう。しかし、現場に着くと、ちょうど太鼓は終わってしまった。散歩がてらのことだから、さして残念でもない。コンビニに寄って、昼飯の焼きそばを買って、すぐに家に帰った。

午後は部屋にこもり、窓辺からさしこむうららかな陽光のなかで、読書をした。時々眠たくなると、床に寝転んで、瞼に赤い光を感じながら、うつらうつらとまどろんだ。気持ちがいい。ずっとyoutubeでバッハを流していた。

生松敬三・木田元・伊東俊太郎・岩田靖夫編『概念と歴史がわかる西洋哲学小事典』(ちくま学芸文庫)を読み継ぐ。
93.デカルト
94.機械論的自然観
95.物心二元論
96.デカルト『方法序説』
97.感情論
98.パスカル
99.科学と信仰
100.パスカル『パンセ』
101.ホッブス
102.機械論的社会観
103.スピノザ
104.近世の汎神論
105.スピノザ『エチカ』
106.ライプニッツ
107.ライプニッツ『モナドロジー』
108.ヴィーコ
109.力学的自然観
110.近世物理学の成立
111.学会の成立
Ⅲ18世紀啓蒙
112.認識論
113.ジョン・ロック
114.社会契約論
115.近代の宗教論
116.バークリ
117.ヒューム
118.アダム・スミス
119.フランス啓蒙
120.モンテスキューとヴォルテール
121.感覚論
122.機械論的唯物論
123.ディドロ
124.『百科全書』
125.ジャン・ジャック・ルソー
126.自然にしたがえ
127.ドイツ啓蒙
128.啓蒙の裏面
Ⅳドイツ観念論
129.ドイツ観念論
130.カント
131.カント『純粋理性批判』
132.カント『実践理性批判』
133.カント『判断力批判』
134.フィヒテ
135.シェリング
136.ロマン主義の哲学
137.ゲーテ
138.ヘーゲル
139.弁証法
140.ヘーゲル『精神現象学』
141.ヘーゲル『法哲学』
Ⅴヘーゲル以後
142.ヘーゲル学派の解体
143.コント―実証主義
144.ショーペンハウアー
145.フォイエルバッハ
146.キルケゴール
147.マルクス
148.マルクス『経済手稿』
149.マルクス『資本論』
150.エンゲルス
151.弁証法的唯物論
152.功利主義
153.ジョン・スチュアート・ミル
154.進化論
155.科学主義とその反動
156.ニーチェ
157.ニヒリズム
158.ニーチェ『ツァラトゥストラ』
第4部 現代の哲学
159.新カント派
160.社会科学方法論
161.生の哲学
162.ベルグソン
163.ウナムーノとオルテガ
164.マッハ主義
165.レーニン
166.パース
167.プラグマティズム
168.フッサール―現象学
169.フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』
170.フロイト―精神分析
171.クローチェ
172.記号論理学の展開
173.ラッセル
174.ウィトゲンシュタイン
175.ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
176.ウィトゲンシュタイン『哲学的探求』
177.ウィーン学団と論理実証主義
178.分析哲学
179.シンボルの哲学
180.ルカーチ
181.フランクフルト学派
182.マックス・シェーラー―哲学的人間学
183.ホワイトヘッド―有機体の哲学
184.ハイデガー
185.ハイデガー『存在と時間』
186.ヤスパース
187.ヤスパース『哲学』
188.現代の宗教思想
189.サルトル
190.メルロ=ポンティ
191.構造主義
192.システム哲学

6時過ぎに読了し、夜はまたうつらうつらまどろんだり、テレビを眺めたり、赤瀬川源平『純文学の素』(ちくま文庫)を読んだりして、けっきょく2時まで起きていた。
赤瀬川源平『純文学の素』は、赤瀬川源平がちょうど尾辻克彦名義で小説を書き始めたその同時期に書かれている(本の発売は1982年。ymoの散会した年だ)。末井昭編集の『ウィークエンド・スーパー』というエロ雑誌に「自宅で出来るルポ」というタイトルで連載されていたエッセイがもとになっている。文庫解説で久住昌之が書いているように、読んでいると読んでいる間連綿とおもしろいので、「時々活字の中で眠たくなったりする。それはすごく心地良い眠気だ」。176ページ読み進む。
鼻炎のアレルギーがひどい状態だったが、それでも今日はものすごく心地良く過ごした一日だった。
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by daiouika1967 | 2011-10-11 23:20 | 日記  

10月9日

昼前、近所のスポーツセンターのプールへ泳ぎに行く。1時間泳ぐ。先週の日曜日も泳ぎに行ったのだが、先週は泳ぐこと自体1年ぶりくらいで、15分で肩から二の腕にかけての筋肉がヘロヘロに疲れてしまった。今日は、すこし体がもどっていて、1時間一定のリズムで泳ぎきることができた。学生の頃、毎日泳いでいた頃の感覚が体内によみがえり、なんだか懐かしいような気がした。1時間泳いで、その後ジュースを飲むと、もう喉に流し込んだ瞬間から体に沁みわたっていく。500mlを一気飲みしてもお腹がチャポチャポせず、すべて瞬時に細胞に吸収される感じがする。この感じも、とても懐かしい。
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by daiouika1967 | 2011-10-10 07:39 | 日記  

10月8日

6時半頃目が覚める。午前中は、生松敬三・木田元・伊東俊太郎・岩田靖男編『概念と歴史がわかる西洋哲学小事典』(ちくま学芸文庫)を読み継ぐ。280ページまで読み進む。
第1部 古代の哲学
Ⅰギリシア思想の土壌

1.ギリシアにおける神話と宗教
2.ホメロス―オリュムポスの神々
3.ヘシオドス
4.アポロン―デルポイの神託の神
5.ディオニュソス
6.モイラ
Ⅱソクラテス以前の哲学
7.哲学の誕生と発展
8.ミレトスの自然哲学
9.ピタゴラス
10.ヘラクレイトス
11.パルメニデス
12.エムペドクレス
13.アナクサゴラス
14.ギリシアの原子論
15.ギリシア思想とオリエント
Ⅲ啓蒙時代の諸思想
16.啓蒙時代の諸思想
17.ギリシア人の歴史観―ヘロドトスとツキュディデス
18.ギリシア悲劇の世界観(1)―アイスキュロス
19.ギリシア悲劇の世界観(2)―ソポクレス
20.ギリシア悲劇の世界観(3)―エウリピデス
21.ソフィスト―ピュシスとノモス
22.ソクラテス
Ⅳプラトンとアリストテレス
23.プラトン
24.プラトン『パイドン』
25.プラトン『国家』
26.アリストテレス
27.アリストテレス『形而上学』
28.アリストテレス『ニコマコス倫理学』
Ⅴギリシア人の科学
29.ギリシア人の論理学
30.ギリシアの数学
31.ギリシアの自然科学
32.ギリシアの医学
Ⅵヘレニズムの哲学
33.ヘレニズムの諸思想
34.小ソクラテス学派
35.快楽主義―エピクロス学派
36.禁欲主義―ストア学派
37.マルクス・アウレリウス『自省録』
38.ヘルメス思想
39.プロティノス―新プラトン学派
Ⅶキリスト教の起源
40.古代ユダヤ教
41.『旧約聖書』
42.イエス
43.『新約聖書』
44.原始キリスト教
第2部 中世の哲学
Ⅰ中世哲学の発端

45.教父哲学
46.アウグスティヌス
47.アウグスティヌス『神国論』
48.ボエティウスとラテン編纂家
49.プラトニズムの伝統
Ⅱカロリング・ルネサンスと神秘主義の起源
50.カロリング・ルネサンス
51.ディオニシウス・アレオパギタ
52.スコトゥス・エリウゲナ
Ⅲアラビアとユダヤの哲学
53.ギリシアとアラビアの懸橋
54.アラビア哲学
55.アヴィセンナ
56.アヴェロエス
57.アル・カザーリー
58.アラビア科学
59.ユダヤ哲学
Ⅳスコラ哲学の形成
60.普遍論争
61.アンセルムス
62.アベラルドゥス
63.12世紀ルネサンス
64.シャルトル学派
65.ヴィクトル学派
66.スコラ哲学と大学
Ⅴ13世紀の知的綜合-スコラ哲学の開花
67.グローステストとロジャー・ベーコン
68.アルベルドゥス・マグヌス
69.ボナヴェントラ
70.トマス・アクィナス
71.トマス・アクィナス『神学大全』
72.ドゥンス・スコトゥス
Ⅵ14世紀の革新―ノミナリストの運動
73.ウィリアム・オッカム
74.オトゥルクールのニコラウス
75.科学思想の発展
Ⅶルネサンスの思想
76.ルネサンスの自然哲学
77.パラケルスス
78.ジョルダーノ・ブルーノ
79.人文主義的新プラトン主義
80.ドイツ神秘主義
81.ニコラウス・クザーヌス
82.ニコラウス・クザーヌス『知ある無知』
83.レオナルド・ダ・ヴィンチ
第3部 近世の哲学
Ⅰユマニスムと宗教改革

84.ユマニスム
85.モンテーニュ『エセー』
86.宗教改革―ルター、カルヴァン
87.自由意志論争
88.イエズス会―伝統の擁護
Ⅱ17世紀の理性主義
89.17世紀の理性主義
90.フランシス・ベイコン
91.ベイコン『ノーヴム・オルガヌム』
92.科学革命
ここまでで280ページ。古代の哲学の辺りを読みながら、ニーチェ-ドゥルーズ、ニーチェ-ハイデガー-フーコーの著作を読み返したくなる。ギリシアの古典は、プラトンを数冊読んだ程度でほとんど読んでいないので、これも読みたくなった。ヘレニズム、中世に至っては、時代相には興味が深く、社会史関連の本は読んでいるのだが、その時代の哲学者にはついては、ほとんど何も読んでいない。この辺りにも手をつけたくなる。近世から現代にかけて、ようやく馴染みのある固有が出始めたところで、昼になってしまった。

午後、榎本了壱『東京モンスターランド ―実験アングラ・サブカルの日々』(晶文社)を読む。3時頃から6時過ぎまでかけて、一息で読了した。榎本了壱といえば、おれにとっては“「ビックリハウス」の”榎本了壱である。榎本了壱自身は、68年に22歳ということだから、70年代を社会人として経験している。80年代、「セゾン文化」の一翼を担ったプロデューサーとして活躍する前に、アート・ディレクターとして10年以上のキャリアがあるということになる。その時期、榎本了壱は、粟津潔のデザイン事務所に出入りしたり、寺山修司の天井桟敷と関わったりして、過ごしていた。この回想録に登場する人物で、特に著者と関わりが深いのは、粟津潔、寺山修司、萩原朔美、増田通二、糸井重里、日比野克彦、黒川紀章。
あるくだりに、「自分の人生は他人が作る」というフレーズがあって、深く含蓄を感じた。

6時半、妻と待ち合わせ、ミッドランドスクエアシネマに『猿の惑星 創世記(ジェネシス)』を観にいく。物語の展開が幼稚で平板なところはあるが、猿たちの動きに目を奪われているうちにあっというまに2時間経ってしまった。
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by daiouika1967 | 2011-10-09 09:18 | 日記  

10月7日

昨日は知多半島、今日は岡崎と、二日連続で長時間車を走らせた。疲れた。運転は苦手だ。神経がやられる。仕事でイライラすることもあって、それでもフロントガラスから西日に光る夕方の街路を眺めて運転していたら、ふとその美しさに圧倒されるような心持になり、唐突に気持ちが解放された。窓を開けると、10月の爽やかな風が吹き渡り、車内を涼しさで満たした。

今週は忙しかった。本もあまり読めないまま過ぎた一週間だった。一定量の本を読まない日が続くと、おれはもう根が萎れたようになってしまうので、夕方まだやるべきことはあったのだが、すべてうっちゃって、喫茶店に逃げ込み、渇きを癒すように『西洋哲学辞典』を読み継いだ。1時間も読むと、すこし頭が活性化して、人心地がついた。
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by daiouika1967 | 2011-10-07 23:28 | 日記  

10月6日

6時半頃目が覚める。今日はよく眠れた。すっきりした寝覚め。外はからっと晴れている。朝一時間『西洋哲学小事典』を読む。頭もクリア。

午後は高速で一時間走らせた知多半島の客のところへ月一度のコンサルに行く。少し早く出てパーキングでランチを食べる。味噌カツ定食。おれは港や空港、ホテルといった空間が妙に好きなのだが、それと同じような感じで、高速のパーキングも好きだ。

夜は録画してあった「ホンマでっかTV」を眺めて、11時過ぎには眠たくなる。
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by daiouika1967 | 2011-10-07 07:22 | 日記