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4.12 晴のち曇、夜になって雨

6時に目覚める。
数日前からベッドで寝ている。今年の冬はずっと炬燵で寝ていた。掛け布団がなかったからだ。ここ数日、急に暖かくなったので、毛布だけで眠れるようになった。掛け布団など安いものなのだから、必要なら買えばよいのだが、炬燵で眠れるから、つい買いそびれた。しかし炬燵ではやはり眠りが浅くなるようだ。ここ数日ベッドで眠って、その快適さに驚いている。
寝室には猫タワーが置いてある。おれがベッドで眠ると、pontaとkuroも寝室に来て、猫タワーで眠る。二匹はおれの周りで眠るのが習慣になっている。Sakuraだけはおれの傍には来ない。妻の傍で眠る。雄同士、雌同士が寄り添って眠っている。おれが目覚めると、猫タワーで眠っていた二匹も目を覚ます。pontaが、お。起きたか、と、ベッドに飛び降り、鼻面を近づけてくる。喉元を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。kuroもベッドに乗ってくるのだが、kuroの方は撫でられるのがあまり好きではない。特に腹が減っているときは、撫でてないで、えさー。えさー。えさー。と単調な鳴き声をあげる。
おれが半身を起こすと、餌が貰えると分かるのだろう、二匹とも餌の皿が置いてあるキッチンに、おれを先導するように走っていく。
二匹に餌を与え、猫のトイレを掃除してから、シャワーを浴びる。

朝食。Pascoのイングリッシュマフィンを半分に割って、トースターで焼く。大丸のハムステーキをフライパンで焼き、きゅうりをスライスする。
焼けたマフィンにバターを塗り、その上にハム、きゅうりをのせ、マヨネーズをかけて、サンドにする。
インスタントのコーンスープ。ジンジャーエール。サントリーの黒酢サプリ。

7時36分の市バスに乗る。駅西のいつもの喫茶店に7時50分に着く。9時30分までの1時間40分が朝の読書時間。
毎日400円のコーヒーを注文する。毎日通っているので、馴染みになって、何もやりとりしなくても、フレッシュもモーニングも付かない。
今日読んだ本は四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮文庫)。昨日読み始めて、今日は残り半分を読んだ。
夜、この日記を書きつつ、書名をググってみたら、この本の登場人物のひとりによるブログに行き当たった。
―「四方田犬彦著のドキュメンタリー(の筈)自伝「ハイスクール1968」に無断実名で書かれた当事者が真の事実を明かし、筆者及び出版社「新潮」を批判糾弾する」とある。
ブログを読むと、ここに書かれた鈴木晶、金子勝、矢作俊彦も、四方田犬彦の「嘘」に異議申し立てをしているとのことだ。鈴木晶によれば、四方田の「大法螺吹き」は「業界でも有名」とのことである。
しかし、当事者ではないおれには、ここで争われている「事実関係」などに興味はない。四方田犬彦が、自分を良く見せ、周りの人間を貶めるように書いていたとしても、じっさいにそうだとすれば当事者にとってはたまったものじゃないだろうが、一読者であるおれにはどうでもいいことだ。
この本を読むことで、1968年という特異な時代の「空気」を感じ取ることができればそれでいいのだ。
四方田犬彦が「大法螺吹き」の「マザコン」の「ナルシスト」だとしても、ひとりの高校生としてその時代を生きたことはたしかであり、この本からはひとりの高校生がその時代をどう生き、何を感じたのかということが、十分な臨場感をもって伝わってくる。

仕事を終え、夜。スーパーに寄って、鶏肉、ブロッコリー、カニカマ、ウズラの茹で卵、和風胡麻ドレッシングを買って帰る。1000円。
夕食は蕎麦とサラダ。フライパンで鶏肉とネギを焼く。冷凍の蕎麦を茹で、かけそばを拵える。焼いた鶏肉とネギ、刻んだ冥加をのせる。
ブロッコリーを茹で、きゅうりを切って、ウズラの茹で卵、カニカマをドレッシングで和えてサラダにする。

夕食後、朝読み了えた四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮文庫)をノートに取る。12時半、就寝する。
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by daiouika1967 | 2012-04-15 00:11 | 日記  

3月5日(水) 晴

9時過ぎ、起床。
朝食に、ロールパン2個と苺。

10時に家を出て、名駅の喫茶店に向かう。四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮社)を読み継ぎ、午前中に読了した。
世界でさまざまな反体制運動が同時多発した1960年代末。この本では、渋澤龍彦と吉本隆明を読み耽り、ビートルズにいかれ、フリー・ジャズを聴き込み、漫画と映画に耽溺し、詩を書き、いわゆる「高校紛争」の当事者のひとりとして学校のバリケート封鎖を敢行する、四方田犬彦の高校生時代のことが描かれている。
バリケート封鎖の敢行と、それが呆気なく収束し、深い挫折感を味わった体験は、四方田犬彦にとって、「その後30年にわたって拘泥しつづけることになる」決定的な体験となった。この体験、さらに三島由紀夫の自衛隊での切腹事件、連合赤軍によるあさま山荘事件を経て、四方田犬彦は、「二十歳にして心朽ちて」しまった青年となる。
―「だが朽ちてしまったのは、わたしだけではなかった。わたしを取り囲む世界の全体が、およそ実験的なるものを排除し、冒険を道徳と見なすことから遠ざかろうとしていた。『ガロ』では『カムイ伝』がいつの間にか中断され、『COM』は休刊となった。岡田史子と帷子耀は沈黙し、宮谷一彦はとめどもない試行錯誤に陥っていった。『現代詩手帖』はすっかり印象を変え、無政府主義的な脱線を制御して、真面目な詩の雑誌に戻りつつあった。大映の倒産と日活の路線変更は、日本映画における撮影所体制がすでに死に瀕していることを告げていたし、鈴木清順はどこまでも撮れず、黒沢明は自殺を企てて失敗した。草月の実験映画祭は1969年で中止となった。
実験的なるもの、前衛的なるものの衰退は、何も日本にかぎられた話ではなかった。政治の興奮の波がひとたび引いてしまうと、パリでも、ニューヨークでも、60年代の文化的偶像たちの凋落が次々と起き、かといってそれを埋めるほどのものはまだ出現していないという、空洞状態が生じていた。ビートルズは解散し、地下に潜行したゴダールの足取りは見えなくなった。アイラーがイーストリヴァーに屍体で浮いたころから、フリージャズは凋落を開始し、かわって万人の耳に優しいフュージョンが台頭しようとしていた」。
こうした「その場限りでの、パッケージ化された驚きや面白さ」を基準とする、「芸術が完全に消費財と化してしまう」ような状況のなか、四方田犬彦は、その流れに馴染むことができず、途方に暮れることになる。
この本の本文は、最後、こんなふうに閉められている―「70年代という時代のとば口に立ち、しかも周囲からは、いかなる意味でも未来の期待に満ちた十九歳の若者と思われながらも、わたしは寄るべない気持ちから自由になることができないでいた。すべては終わってしまったのだ。もう一度、最初からやりなおそうと、わたしはつとめて自分にいい聞かせようとした。だが、いったい何が終わってしまったのかを正確に見定めることすら、できなかった。ただ眼前に黒雲のように横たわる巨大な混迷だけが現実のものであり、わたしはひどく疲れた心を引摺りながら、独力でそれに立ち向かっていかなければならないのだった」。

栄まで歩いて、栄町ビルに入っている定食屋で、照り焼きハンバーグ定食を食べた。食後、ハーゲンダッツで、筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)を読み始める。
伏見の喫茶店に場所を移し、さらに読み継ぎ、読了した。これは、なんというのか、“脳文一致”というのか、現実を描いているのではなく、人間の脳にとってのリアリティをそのまま描くとこんなことになります、といった世界であるように思った。

名古屋まで歩き、三省堂書店に寄って、赤瀬川源平・東海林さだお『老化で遊ぼう』(新潮文庫)、前田塁『小説の設計図』(青土社)を買った。
高島屋のデパ地下にも寄って、夕食にするメバルの浜焼きを2尾買って、それから駅西の喫茶店に入った。5時半からの1時間、赤瀬川源平・東海林さだお『老化で遊ぼう』(新潮文庫)を読んだ。120ページまで。
家に帰り、夕食を食べ、妻といっしょに風呂に入り、浴後はテレビを点けて、パソコンの前で1時間くらい仕事をした。
夜、『老化で遊ぼう』の続きを読み始め、1時頃、読了した。
赤瀬川源平と東海林さだおの対談が10本。そのうち3本にはゲストがあって、藤森照信、阿川佐和子、藤原正彦の3人。齢70を迎えるふたりの話は、普段にもまして正直というのか、赤裸々といった印象があった。
2時前、就寝。
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by daiouika1967 | 2008-03-06 10:10 | 日記  

3月4日(火) 晴

9時過ぎ、起床。
朝食に、ソーセージの調理パンとインスタントのコーンスープ。
今日は、午後から、2件、打ち合わせがつづく。11時過ぎに家を出て、一件目のアポイントの時間まで、2時間間があったので、その間本を読んだ。四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮社)を160ページまで。
2件の打合せを終えると、もう空は昏れかけていた。
マックスバリュに寄って、鰹のタタキと、コロッケを買って帰った。今日の夕飯である。そういえば今日は昼飯を食っていなかったことに気づく。
夕食を終え、夜はテレビを眺め、ネットを周り、Pと遊んで過ごした。
1時前、就寝。

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by daiouika1967 | 2008-03-05 20:54 | 日記