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7月18日(金) 雨のち晴

午前中驟雨。ひどく蒸し暑い。汗が首もとに粘つく。不快だ。寝不足も重なって頭がぼうっとする。本を開いても数ページ読み進むと集中力が途切れて瞼が重くなる。それでも無理やり吉本隆明『夏目漱石を読む』(筑摩書房)の続きを読む。

《漱石がわたしたちに偉大に感じさせるところがあるとすれば、つまり、わたしたちだったら、ひとりでに目に見えない枠があって、この枠のなかでおさまるところなら、どんな辛辣なことも、どんな自己批評も、どんな悪口も、なんでもいうということはありうるわけですけれども、漱石は、そういう場合に真剣になって、度を越してあるいは枠を超えちゃっていいきってしまうところだとおもいます。じぶんに関することもそうですが、文明批評に関することでも、他人の批評に関することでも、あるいは世間にたいすることでも、ぜんぶ、枠組みを超えていいきってしまうところがあります。しかも言い方が大胆で率直なものですから、すこしも悪感情をもたせないんです。しかし常人だったら、ここでとめるというようなところを、はるかに枠を超えていいきってしまいます。そういうところでやはりこの作家の偉大さを感じます。漱石が、度を越して、あるいは閾を超えてひとりでに入っていってしまうところ、別にためらいもないし、また利害打算もどこにもなくて、ほんとに心からいいきってしまうところが魂の大きさで、なかなかふつ作家たちがもてないものですから、偉大な文学者だなとおもうより仕方ないわけです。》

昼からはからっと晴れた。しかし湿気は多く不快である。読書にも集中できないので、大須から上前津、鶴舞の古本屋を見回る。
MP3プレイヤーで吉本隆明の講演を聴きながら歩いた。吉本隆明の語り口は、性急な印象というのか、ひとつのセンテンスを言い終わると、まったくタメを置かずに、かぶせるように「つまり」「それで」と次のセンテンスに移行する。強調したい箇所では同じフレーズを何度か繰り返す。全体に流暢ではないのだが、自前で考え抜かれたうえの言葉しか発せられていないから、迫力、説得力がある。聴いていると、「自分の頭で考える」ということがどういうことなのか、ひしひしと伝わってきて感動を覚える。さっき、吉本隆明が夏目漱石について語った、漱石には「度を越して、あるいは閾を超えてひとりでに入っていってしまうところ、別にためらいもないし、また利害打算もどこにもなくて、ほんとに心からいいきってしまうところ」がある、という箇所を引用したが、吉本隆明の講演を聴いていると、吉本隆明という人にまったく同じことを感じる。
今日聴いた講演の内容は「太宰治について」。「ほぼ日」で買った糸井重里編『吉本隆明の声と言葉。』(CDブック)の特典としてダウンロードしたものである。
古本屋では、武田百合子『富士日記』上・中・下(中公文庫)、小泉八雲(平川祏弘編)『奇談・会談』『クレオール物語』(講談社学芸文庫)、谷川健一『魔の系譜』(講談社学芸文庫)を買う。すべて新刊で買おうと思っていたものなのでずいぶん得をした気分になる。

by daiouika1967 | 2008-07-19 23:31 | 日記  

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