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8月31日(日) 晴

●からっと晴れた。陽射しは強いのだが、涼しい風が吹いて、秋の気配がする。朝、顔を洗うとき、水道の水がいくぶん冷たくなったことに気づく。
夏の疲れが出るのか、秋口は、やたらと眠たい。今日は、ひねもすうつらうつらと過ごした。

●松岡正剛『17歳のための世界と日本の見方 ―セイゴオ先生の人間文化講義』(春秋社)を読み継いで、読了する。

●《第一講では、ヒトが直立二足歩行をして「人間」になったことの意味を話しました。そのときできあがった「脳」がちょっと不出来であること、でも、だからこそ道具や言葉を使うようになった背景を話しました。そして、私たちは七メートル先の「人間」や「情報」を見まちがうことがありうることを示しておきました。
みなさんも、七メートルの内側の目と、七メートルより遠い目の、両方を携えてください。
第二講では、人間の歴史の当初に、どういう「物語」があったのかということ、それが古代ギリシャや古代中国で、どんなふうな東西の特色をもったのかということ、そしてそのような物語や哲学にひそむ特色が、ユダヤ教や仏教という宗教のかたちをとると、なぜ影響力をもつのかということをお話しました。
このとき、「編集」という見方をすると、いろいろわかりやすく見てきたわけですね。いいですか。言語が物語をつくったのではなくて、物語を編集することが各国の言語をつくったんですよ。
第三講は、そうして編集文化の代表例として、とくにキリスト教の発生とその後に光をあてて、「善と悪」といった人間論にもとづく価値観が確立していった謎を、やや詳しくときほぐしてみました。なぜ、世界中に一神教が広まり、「神と子と精霊」」という見方がゆるぎないものになったのかということと、今日の世界の戦争や経済的価値観とは無縁なものではありません。そういう話をしましたね。
そして、二分法という見方では世界は語りきれないことを説明しました。
そうですね。日本には二分法ではない見方があったんですね。それをいつのまにか忘れてしまったんです。
第四講は、以上のような見方で、「日本」を眺めてみました。日本神話の特徴から中国の影響まで、浄土や無常の感覚から親鸞の考え方まで、さらには「幽玄」とか「侘び」といった「引き算の美学」が生まれていった背景についても、案内しました。
第五講は、ヨーロッパでルネッサンスとバロックという人間文化に関する二つの大きな見方ができあがった理由を考えました。「世界」をめぐるコスモロジーには、あきらかにモデルというものがあり、ここの発想の多くもその上に乗っていたわけですね。しかし一方、室町時代の日本に「座」の文化や「同朋衆」が登場したように、人々がそのつど集まって価値を見いだそうとしたつながりの文化の動きもあったわけです。》-松岡正剛(P352)


●夜、漫画:ジョージ秋山/監修:黄文雄『マンガ 中国入門 ―やっかいな隣人の研究』(ゴマ文庫)を読む。
日中関係の当事者としてではなく、普遍的な立場から、現在の中国や日本の姿を捉えるためには、現在の中国や日本の政治的な立場、経済状況、歴史的な経緯、生活者の在りようをよく知らなければならない。
日本のメディアで報道される中国についての情報は、どの情報にもなんらかのバイアスがかかっている(中国で報道される日本についての情報はもっとひどいバイアスがかけられているだろう)から、日本人が中国について考える(中国人が日本人について考える)ためには、かなりのメディアリテラシーが必要になるだろう。

by daiouika1967 | 2008-09-01 09:59 | 日記